2-17.お父様の言葉

 あたしの脳内でアドルミデーラ侯爵に対する評価が上書きされていく。

 ジェルバ・アドルミデーラ侯爵は、まちがいなくフレーシア・アドルミデーラの父親だ。

 親子としての交流時間が少なくとも、フレーシアにとっては大事な父であり、家族だ。


 今まであまり触れ合う時間がなかったから、六歳のフレーシアには、父親というものがどういうものなのか理解できていなかったようだが、今日のこの触れ合いが、ひとつの転機となるだろう。


 お父様の手が頬から頭に移動して、ゆっくりと頭を撫でられる。


 なんだかくすぐったい。


 ちょっぴり嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしい。


 この気持ちは、前世の記憶を取り戻したあたし……ではなく、六歳のフレーシアのものだろう。


 ライース兄様にナデナデされるのとは少し違った。


「まあ……あまり無理はするな。お祖母様もおっしゃっているだろうが、あせらずゆっくりでいいからな。まずは、身体の回復に専念しなさい」

「はい」


 できるだけ時間をかけて、一日でも長くライースをここに引き止めておくように……という副音声が聞こえた気がするが……深くは考えないようにしよう。


 だって、六歳の女の子だもの。


 ライース兄様と話しているときと違って、あたしに語りかけるお父様はとても優しい顔になっている。


「デイラル先生の薬はちゃんと飲むのだぞ」

「…………」


 その言葉に、あたしの眉がへにょんと下がる。口をへの字に曲げ、沈黙する。


「返事がないが?」


 イケオジの穏やかな眼差しがあたしに問いかける。


「……まじゅいです」


 あんな、不味いものを六歳の子どもが毎食後に飲めるわけがない。


 あれはもう、一種の拷問、嫌がらせだ。


「フレーシア……薬を飲みたくても、飲めない者がこの世界には大勢いることを忘れてはいけないよ」


 お父様の声が静かに響き、あたしの心が震え上がる。


 そうだ。

 そうだった……。


 『キミツバ』の世界では、貧困層の描写もあった。


 バッドエンディングのひとつに、疫病が国内にまん延し、多くの民が生命を失う事件が発生するというものがある。


 疫病が流行した結果、人心が乱れ、疲れ切った民衆の反乱によって国が滅びるというパターンだ。


 衛生観念の欠如、医療の未発達、医師の不足と貧しい者への診察の拒否、患者の隔離、薬の不足などが原因となり、疫病をさらにやっかいなものとしてしまったのだ。


「わかりました。おくちゅり……がんばってのみます。一日でもはやく、のまなくてもよくなるように、がんばります」


 あたしの返事に、お父様は「ふふふっ」と笑い声をたてる。


「ライースやお祖母様の言うことをよく聞き、元気になるんだぞ。次に会えるときは……」

「木のぼりができて、おちないくらいにかいふくしておきます!」


 あたしの返事にあきれかえりながらも、お父様は満足そうな笑みは崩さなかった。


 それでこそ、ライース・アドルミデーラの父親だ。


 こうしてお父様は、ご機嫌な様子で王都へと戻ったのであった。



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