2-11.天使のような
あたしの指摘に、お父様とライース兄様は、ぐっと喉をつまらせ、黙りこくる。
見事なまでの沈黙だ。
お祖母様威力ハンパない。
さすがアドルミデーラ家の女帝。
どこぞの副将軍、御老公並の効果がある。
「お父様……もっと、お兄様にやさしくして?」
「ああ……うう……ん」
「ライース兄様……もっと、お父様のお話をちゃんときいてあげて?」
「あ、ああ……」
あたしは手を胸のあたりで組み、お願いのポーズをとった。
うるんだ目で、交互にふたりを見上げるのも忘れない。
六歳児の今だからできるあどけない天使のような曇りなき表情。
中身は合計年齢、三十路となる腐女子だが、外見は六歳児。
モブだろうが、ザコだろうが、子どもと動物は可愛いのだ!
逆らえるヤツなどいないだろう。
お父様は顔を赤らめ、そっぽを向いて大きな咳払いを二、三度おこなう。
ライース兄様は両手で顔を隠し、少しふらついている。
「やくそく……できる?」
首をかすかに傾け、ふたりから視線を外さない。
昔、実家で飼っていたあざといチワワのウルウル瞳を思い描きながらふたりを凝視する。
「……ああ。わかった。約束しよう」
「レーシアが望むことはなんだってしてやるよ」
(言質とったぁぁぁぁぁぁっ!)
ウルウルはそのままで、心のなかだけでガッツポーズをとる。
ヒロインではない、ただのモブであるあたしの発言が、どこまで攻略キャラとサブキャラに威力を発揮するかはわからない。
とはいえ、『キミツバ』世界では、ふたりとも上位に食い込む高スペックキャラだ。
あたしの言葉をきっかけに、冷静になって考えてくれれば、反発し合う愚かさを悟ってくれるに違いない。
あたしは「うれしい」と、言いながら、がんばってとっておきの笑顔を披露する。
営業には営業スマイルというものがあるが、そんなしらじらしい笑みでは、顧客の心はつかめない。
だから、あたしは、究極の営業スマイルを習得するために、鏡を前に懸命に練習した。
その笑顔がこちらの世界でも爆裂する。
「フレーシア!」
なにを思ったのか、お父様があたしを抱きしめてくる。
ああ、そういえば、意識が戻ってから今の今まで、お父様とじっくり話していなかったことに気づく。
「やっぱり、出立は明日に延期……」
「今の時期、王都を留守にするのは、だめですよ」
わたしをきゅうきゅうと抱きしめがながら、滞在延長を呟くが、冷静なライース兄様の声がお父様をぶった斬る。
長兄のもっともな指摘に「しゅん」となりながらも、お父様は「無事でよかった。無事でよかった」と言いながら、あたしを抱いて離そうとはしなかった。
ライース兄様は特に口をはさむことなく、お父様があたしを抱きしめている様子を見守っている。
「池で溺れて意識不明……と、連絡をうけたときは、どれほど驚いたことか……。無事でよかった。フレーシア、よくがんばったな」
昨日、ライース兄様にも抱きしめられたことを思い出す。
やっぱり、このふたりは親子だった。
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