2-9.アドルミデーラ家の長子として

 色々……ライース兄様の「あ――ん」攻撃とか……ありすぎて、気づくのが遅くなってしまった。

 ゲーム内の時間軸だと、ライース兄様は今頃、絶賛行方不明中になっており、護衛が慌てふためいている頃だ。

 お目付け役の監視から逃れたライース兄様は、領地の外、さらには国外へと放浪エリアを広げていく。


 ゲームでは、これからあと二年、ライース兄様は放浪の旅を続け、成人してから――十八歳になってから――イヤイヤ王宮づとめをはじめるのだ。


 本編のプロローグはそこからはじまっており、ヒロインとの出会いも、王宮づとめ初日となっている。


 これって、もしかして、というか、もしかしなくても、あたしが池で溺れても死ななかったから?


 ライース兄様が姿を消す理由がなくなった……?


 これって、不味いんじゃない?


 ライース・アドルミデーラはその二年間、ただ物見遊山を楽しんでいたわけではなく、各地を放浪することによって、見識と人脈を広め、味方となるサブキャラクターたちと出会っていくのだ。


 それによるライース兄様の『経験値と人脈、協力者の存在』によるステータスかさ増しは、チートといってもさしつかえないくらい、他の攻略キャラと圧倒的な差があり、本編クリアには必要不可欠な能力だ。


 旅先で知り合ったライース・アドルミデーラの協力者――サブキャラークターたち――は、ガチャで登場させる仕様だった。


 メインは攻略キャラなのだが、サブキャラクターの存在なくては死亡イベントを回避できないエピソードもある。


 それがなくなる?


 ちょ……落ち着けあたし!


 これは、間違いなく、社内に持ち帰って再検討する重要案件だ。


 予想外のアクシデントに対しても、慌てず落ち着いて、冷静に、スマートに、冷静に……華麗に対応できてこそ、一人前の社会人だ。


 冷静という言葉を二度使うくらいには、あたしは焦っていた。

 でも、どう対処したらよいのかわからない。

 このままライース兄様が行方をくらまさなかったら、今後、どうなるのか……全くわからない。


 と、とりあえず、目の前の手頃な問題から片付けよう……。


 親子はまだ言い争っている。


 といっても、声のトーンは通常の会話とかわらず、内容だけが、身を削るような刺々しさに満ちあふれている。


 嫌味の応酬というか、ライース兄様の毒舌……怖い。

 その毒舌に屈することなく平然としているお父様ってば、すごすぎて怖い。


 ただ、会話の内容が、気がついたらあたしのことからライース兄様自身の放浪癖に変わっていたのは……まあ、ご愛嬌だ。

 あたしはモブだからね。


 ライース兄様の貴族子息らしからぬ行動に、お父様もそれなりに頭を悩ませていたようである。


 お父様の主張を要約すると……今までは正妻からのいじめを避けるためにも、ライース兄様の放浪を黙認していたが、そろそろ戻ってこいということだ。


 アドルミデーラ家の家督を継がせるために、政務補佐の勉強、引き継ぎを見据えた手伝いを当主代理としてライース兄様にさせたい……とアドルミデーラ侯爵は考えていた。というか、その機会を虎視眈々と狙っていたっぽい。


 ライース兄様はというと「正妻の息子に家督を譲ればいいでしょう。その方が、波風もたたず、あのヒトも心穏やかに過ごされますよ」とお父様の攻撃をのらりくらりとかわしている。


「アドルミデーラ家の長子としての義務を放棄することはゆるされない。いいかげんあきらめなさい」


 とか


「父上こそあきらめが悪いですね。いいかげん聞き飽きました」


 といった会話がされているので、あたしがまだ意識を回復していない間、あるいは、昨日の夜など、ことあるごとに言い争っていたのかもしれない……。



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