2-8.糸の切れた凧
ライース兄様の実母も、フレーシアの実母も、幼い頃に亡くなっている。
周囲の者たちは、ふたりとも病気で死んだと思っているようだが、ゲームの設定では、正妻が人を使って暗殺――毒殺――したことになっている。
ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の正妻になるほどの人物が、証拠を残すようなヘマをやらかすはずがない。
ライース兄様に同母の兄弟姉妹はいないが、あたしには双子の弟がいた。
弟は今年の年明け早々に、大量に血を吐いて亡くなってしまった。
これもまた、風邪をこじらせて肺の病気で……と、みなは思っているが、ゲームの設定では、正妻が殺害を命じたことになっている。
双子の弟、妹、そして祖母をつぎつぎと亡くしたことで、ゲーム中のライース・アドルミデーラは深い悲しみに支配されてしまった。
これは、公式のサイトに書かれたたった数行の情報だ。
母親たち、そして双子の弟にも名前はなかった。
名前すらつけてもらえなかったキャラだけど、ライース兄様にとっては、大切なヒト……家族だった。
亡くなった母親たちや弟は毒を盛られて生命を落とした。それだけではなく、あたしが病気がちだったのも、弟と一緒におなじものを口にしていたから……。
そのことを、ライースは薄々感じていたのだろう。
そして、今のくちぶりからして、お父様も気づいている。
いや、弟が死んで気づいたのだろう。
だから、あたしはお祖母様のところに預けられたのだ。お祖母様の側にはデイラル先生がいる。
だけど、正妻は糾弾されることなく、アドルミデーラ侯爵夫人として今もなお君臨している。
お祖母様が病気療養で領地の奥に引っ込んでしまってからは、遠慮がなくなった。
そして、お祖母様がこの世を去ると、正妻の勢いはさらに強くなるのだ。
一族内の殺し合いに嫌気がさし、また、己自身の身の危機を感じたライースは、正妻の毒牙から逃れるかのように、成人するまで放浪の旅にでてしまうのだ。
…………。
あれ?
ライースは、成人するまで放浪の旅に……。
…………。
なんで、ここにライース兄様がいるんだろう……?
さっさと王都に戻れ、とライース兄様はお父様に言っているけど、ライース兄様こそ、さっさと放浪の旅にでないといけない頃じゃないでしょうか?
お父様とライース兄様が言い争う声を聞き流しながら、あたしは頭をひねる。
『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』で妹が池で溺れ死んだのをきっかけに、ライース兄様の放浪癖に一段と磨きがかかるのだ。
もともと、ライース兄様は糸の切れた凧のように、フラフラと領内、領外を流れ歩いていたが、妹が死んだその日の夜に、ライース・アドルミデーラは衝動的に家をでていく……で、ストーリーイベントが終了する。
あれ?
終了……してない?
あたしが池で溺れてからもう一週間以上過ぎているよね?
今までは護衛を連れて放浪の旅を楽しんでいたライース兄様だが、ここから先は監視の目をふりきって、行方不明、音信不通になってしまう。
あたしの記憶が正しければ、お祖母様の葬儀にも出席しなかった……と、ファンブックには書いてあったよ?
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