1-37.あたしの名前は

 時刻はそろそろ真夜中になるだろう。


 いつもは、お祖母様とあたし、そして、お祖母様に昔から仕えていた使用人と護衛が数名しかこの別荘にはいなかったが、今日は、ライース兄様、お父様、デイラル先生が泊まっているので、遅くまで別荘は賑やかだった。


 さきほど、ホールにある時計の鐘の音が聞こえた。

 その鐘の音を合図に、別荘内が急に静かになる。


 この世界に時刻を知る『時計』はあるが、とても高価なもので、お屋敷にひとつあればいいほうだった。


 街には時計塔があり、人々はそれで時刻を知る。

 小さな村になると、太陽の位置で、だいたいの時刻の検討をつけているくらいだ。


 ゲーム内が、朝、昼、夕方、夜……といった、おおまかな描写しかなかったから、こういう世界なんだろう。


 あたしはベッドの中で「はぅ……」とため息を漏らした。


 今日の出来事がいまだに信じられない。

 夢のようなめまぐるしい一日だった。


 ライース兄様の必殺「あ――ん」で、あたしが夕食を食べ終えると、デイラル先生がお父様と部屋にやってきた。


 再びデイラル先生の診察が始まり、そのときに、あたしは「あたしの名前はフレーシア・アドルミデーラ。ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の二番目の娘です」って言ったら、お父様は「よかった、よかった」と号泣してしまった。


 大泣きするお父様を見つめるライース兄様の目があまりにも冷ややかすぎて、あたしは心臓が止まるかと思ったくらいである。


 あたしの診察を終えたデイラル先生からは、ふぉっ、ふぉっという笑い声とともに、不気味な色の煎じ薬を渡された。


 苦い匂いが漂う不気味な薬に恐怖を覚えたあたしは「飲みたくない」と、涙ながらに訴えた。


 だが、お父様やライース兄様の無言の圧力に負けて、あたしは泣きながら、苦い、苦い薬を飲み干した。


 病み上がりにあの味はきつい。


 それこそ、空っぽの胃がびっくりするだろう。


 というか、どうして、アレを薬だと認識できるのか……。最初に調合したヒトは、どういう神経をしていたのだろう。この世界の設定が怖い。


 寝室の中にはあたし以外、誰もいない。

 さっきまでカルティが側にいたので、眠ったフリをしていたが、あたしの体調に変化がないのを見届けると、カルティも部屋からでていった。


 ライース兄様もカルティも、あたしが高熱にうなされていた間、あたしの看病でろくに眠らなかったと聞いた。


 王都にいたお父様も、あたしが池で溺れて生命が危ないという連絡を受けると、馬を乗り継ぎ、休憩もそこそこにここまでかけつけたという。


 疲れているみんなには、安心して、ゆっくりと眠ってほしい。

 ちょっとやそっとのことでは起きることなく、ぐっすりと寝ていてほしい。


 ……ということで、ようやく、ひとりきりになり、あたしはゆっくりと考える時間ができたのだ。



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