1-36.ライース兄様の笑顔

 ふたりの和気あいあいとした姿に見とれているうちに、食事の準備があっという間に整う。


 カルティは従者だから慣れているが、ライース兄様は屋敷から飛び出して一人旅をしているせいか、貴族の息子なのに、自分のことや身の回りのことなど、苦労することなく、なんでもできてしまう。

 攻略キャラって、すごく優秀すぎるだろう。


 あたしは手際よくベッドトレイの上に並べられた食事を観察する。


 ドロドロのお粥、ドロドロに煮た果物のペースト、ドロドロに煮た野菜スープ、ドロっとした不気味な色の飲み物……。


 全て、素材の原型がなく、液体状だった。

 説明がないと、なんの液体なのかよくわからない。


 というか、人間が口にして大丈夫なのかと疑いたくなるような、怪しいいモノが混じっている。

 

 ライース兄様は再び、寝台横にある椅子に腰掛けると、スプーンを手にとり、お粥をひとさじすくいとる。


 フーフーと息を吹きかけてから、それをあたしの口元へと持っていく。


「ライース兄様?」


 一体、これは……どういうアクション?

 ライースはなにをやろうとしているのだろうか?


 いや、なんとなく……予想はつく。


 口元がひくひくとひきつっているのが自分でもよくわかる。


「さあ、レーシア、口を開けて? 食べさせてあげるから」

「ええええ?」

「ホラ」


 スプーンが口元に迫ってくる。


(カルティ助けて! 助けてください!)


 慌てて視線を巡らせるが、いつのまにか、カルティはあたしの視界から消えていなくなっていた。


「ライース兄様……だ、大丈夫。ひとりで食べられます」

「レーシアはなにを言っているんだ。昨日まで水分のようなもの以外、ほとんど口にできていなかったんだよ。消耗しているのに、スプーンが握れるのかな?」


 と言われ、あたしは渡されたスプーンを受け取ろうとしたら、握ることができずに……ガチャンと音をたてて、トレイの上にすべり落ちてしまった。


 ほらね、という、ライース兄様の勝ち誇ったような、心の声が聞こえたような気がした。


 よくわからないけど、なんだか……悔しい。


 ライース兄様はしれっとした顔で、どこからか現れたカルティから新しいスプーンを受け取ると、再び、皿の中の粥をすくった。


 カルティは……スプーンをライース兄様に渡し終えると、また、あたしたちの視界から消えてしまった。


 しかし、見えないとはいえ、カルティが近くで待機しているとわかると、なおさらこの状況が恥ずかしい。


「ほら、あーんして? あーんだよ?」


 幼児をあやすかのような、ものすごく、甘い声だ。


(いやっ、いやあっっっっ! あたしの知ってるライース・アドルミデーラは「あーん」なんて言葉は使わなかったからっ!)


 一体全体、どうなってしまったんだろう。


 おかしい……。


 ライース・アドルミデーラが、よくわからないけど、ゲーム設定ではありえない行動をしている。


 ライース兄様はスプーンを持ったまま、にこやかな笑みを浮かべていた。

 整った顔に、整った笑み。


「…………」

「…………」


 その笑顔を見たあたしの全身に、いいようのない悪寒が走った。


 笑顔なのに、なぜか、ライース兄様の笑顔が怖かった。


 逆らえない。


 逆らうことを許されない『圧』が、ライース兄様の笑顔にはあった。


 身内じゃなかったら、大変な目にあってそうな気がする。


 あたしは観念する。


 雛鳥が親鳥から餌をもらうときのように、大きく口を開けると、ぱくりとお粥を食べたのであった。



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――物語の小物――

『ドロドロに煮た野菜スープ』

https://kakuyomu.jp/users/morikurenorikure/news/16818023212894251472


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