1-34.領主の決定

 ゲームでは、娘が池で溺れ死んだのは、『あたしの世話を担当していた従者』が、あたしをしっかり監視していなかったから……という理由で、その従者はお父様から厳しく責められるのだ。


 具体的には、激しく鞭打たれ、罪人の烙印を押されるのである。


 烙印は熱した焼きごてを皮膚に押し付けて火傷させる。めちゃくちゃ痛いし、火傷の跡は、消えることなく、胸に残ったままだ。

 そして、鞭打ちの方も悲惨なもので、成人しても背中には鞭の痕が残っており、その姿はとても痛々しい。


 それだけでなく、鞭でぶたれたときに、右目を痛めてしまい、失明とまではいかなかったが、右目はほとんど見えない状態になるのだ。


 『あたしの世話を担当していた従者』とは、カルティ・アザだ。


 カルティが執拗にジェルバ・アドルミデーラ侯爵を狙って暗殺した理由、アドルミデーラ家を滅ぼすために黒幕に使われていた理由がこの『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』でとりあげられた出来事なのだ。


 鞭で傷ついた右目はカルティの弱点――死角――になっている。


 敵キャラとして存在する第一部では、カルティの右目を狙わないと、カルティに殺されてしまう。


 攻略キャラになった第二部では、乱闘イベントで選択を間違えた場合、カルティは必ずそこを狙われて、致命傷を負って生命を落とす……という流れになるのだ。


 ジェルバ・アドルミデーラ侯爵の娘はこうして無事に生きているが、怒り狂ったお父様はなにをやるかわからない。


 あたしが熱でうなされている間に、鞭打ち百回とかやってそうだ。


「大丈夫です」

「ほんとうに? 怒られていない?」


 あたしにじっと見つめられて、カルティは困ったような表情を浮かべる。


「……本当は、屋敷を追い出されそうになったのですが、大奥様と若様が、わたしをかばってくださいました」


 そのコトバ……信じていいんだろうね?


 あたしの視線がライース兄様の方へと移動する。


「カルティのことなら心配いらない。さっきもレーシアに話したが、カルティがいなければ、レーシアは助からなかった」

「…………」

「父上には、おれがそのことをちゃんと説明して、わかっていただいたから、大丈夫だ。この件でカルティが責められることはないから、安心しろ」


 やっぱり優秀すぎるライース・アドルミデーラ!


 領主の決定を覆すのは、なかなかできるものではない。


 カルティは罪人の烙印を押されて、屋敷を追い出されて飢えに苦しむこともなければ、鞭で傷つくこともないのだ。


「ありがとう! ライース兄様! 大好き!」


 できることなら、アニメみたいにライース兄様に飛びつきたいところだが、病み上がりのあたしには無理だ。

 なので、言葉で伝える。


「当然のことをしたまでだ」


 ライース兄様はテレたように頬を赤らめながら、そっぽを向く。


 カルティは……信じられないものをみてしまったというような顔で、硬直している。


 今までのあたしは、カルティにとって、どう思われていたのだろうか……。

 ちょっと気になる。


「それから……カルティ、そして、ライース兄様……。心配かけてごめんなさい」


 あたしはぺこりと頭をさげた。


 侯爵の娘が従者に頭を下げるなど……ありえないことだろう。


 それをあたしはやったのだった。



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