1-30.理想的なお兄ちゃん 

「父上にも困ったものだな。色々と……。さっきは疲れただろう? 食事が用意されるまで眠ったらどうだ?」


 食事の準備ができたら起こしてあげるから……とライースは優しく言うが、あたしは首をおもいっきり横にふる。


 愛しのライースに見守られながら眠るなんて、いくらなんでも難易度が高すぎる。

 企業コンペに勝ち残って仕事をゲットするよりも難易度が高い。高すぎる。


 ライースのタペストリーの前では『見守られている』感じがして、ぐっすり眠れた。


 だが、生ライースの前で眠れなど、ライースの願いであっても、緊張して眠れるわけがない。


 目がギランギランに輝いてしまいそうだ。

 四十八時間くらい寝ずに仕事ができそうだ。


 ゲーム上では、ほとんどモブに近い存在だけど、ライースはあたしを家族の一員として扱ってくれている。

 異母兄弟なのに、破格の待遇だ。


 あたしに対する口調と視線は、とても優しく、いたわりに満ちていた。

 なんだか、ライースが、乙女が夢見る『理想的なお兄ちゃん』になっている。


 ライースは興味のない他人にはとことん冷たいのだが、どうやら、あたしはめでたくも『大切なヒトたち』の部類にカテゴライズされているようだ。


 だからこそ、ライースの攻略が失敗してバッドエンドの『一家が罠にかかって、一族、使用人もろとも惨殺されてしまう』を迎えると、生き残ったライースは復讐に走ってしまう。

 そして、悲しみのあまり歯止めが効かなくなったライースは、やりすぎてこの国までも滅ぼしてしまうのだ。


「…………」

「…………」


 謎めいた沈黙の時間が流れる。


 兄の言うことをきかない、かわいくない小娘とでも思われてしまったのだろうか……。

 ちょっと心配になる。


 ライースはしばらくの間、無言であたしを眺めていると、なにを思ったのか、あたしの頭の上に手をのせ、ぐりぐりとかき回し始めた。


 勢いがありすぎて、上半身が前後左右にグラングランと揺れまくる。きつめの首の体操といったところか。


 病み上がりにこれはちょっと……きつい。

 世界がぐるぐる回っている。


「ライース兄様……? 髪がぐちゃぐちゃに……」


 ちょっとびっくりしてライースの手を振り払おうとするが、十歳近く歳が離れていると、なかなかうまくいかない。


 あたしはライースが納得するまで、わしゃわしゃともみくちゃにされた。


「よくがんばったな」

「え……?」

「レーシアは、よくがんばったよ」


(どういうことだろう?)


 意味がよくわからない、というあたしの表情を読み取ったのか、ライースに苦笑が浮かぶ。


「レーシアは、たくさんがんばった」

「たくさん?」


 ライースは大きく頷いた。


「そうだ。溺れて苦しかっただろうに……レーシアは、抱いていた子猫を離すことなく、水の中でがんばっていた」

「…………」

「おれが助けたときも、レーシアは、最後まであきらめず、生きようとがんばってくれていた」



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