1-29.兄として

「子猫は無事です」

「え……」


 お祖母様の凛とした答えに、あたしは下げていた視線を上げる。


「助かったのですか?」

「ええ。フレーシアが子猫をしっかりと抱きしめて離さなかったと聞いています」


 アドルミデーラ家の女帝は、ニコリともせずに、事実だけを淡々と述べる。

 どうやら、ライースは猫ごとあたしを助けてくれたようだ。


「よかった……」


 目にじわりと涙が浮かぶ。

 素直に嬉しかった。


「猫ちゃんが無事でよかった……」


 涙を流すあたしを見て、ライースは「レーシア……」と小さな声で呟いている。


「ライース兄様が助けてくれたのですね? ありがとうございます」

「いや、おれじゃない。おれは猫にはなにもしていない。レーシアが助けたんだ」

「ライース兄様……溺れたあたしを助けてくださって、ありがとうございます」


 ライースらしい言葉に、あたしは泣き笑いの表情をみせる。


 このメインキャラが簡単に死にまくる過酷な世界で、小さな生命が助かったのだ。

 この部屋にいる人間だけでも最低、四名……に死亡の運命がつきまとっている。


 感慨深い。


「兄として当然のことをしたまでだ」


 ライースはぶっきらぼうな口調で答えると、そのままぷい、と横を向いた。照れているのか、耳の辺りが赤くなっている。


(か、かわいい……)


 なかなかにレアな表情だ。


「フレーシア、よくお聞きなさい。あなたが助けたあの子猫は野良だったようです。アドルミデーラ家の人間が、生命をかけて救った生命です。よって、アドルミデーラ家が責任をもって、最後まで見届ける義務があります」

「は……はい?」


 車椅子に座ったお祖母様は、キリリとした表情でおごそかに宣言する。

 六歳児に言うにはかなり難解な言葉じゃないだろうか……。


 お祖母様の大仰な言葉に、あたしはコテリと首を傾けた。


 いや、だって、今は猫の話をしているのだけど……。


「今は、カルティが世話をしていますが、デイラル先生のお許しがでたら、その猫はこの部屋に連れてこさせます。フレーシア、あなたが最後まで責任をもって、猫を保護するのです」

「……わかりました」


 きっと、お祖母様はこんな調子で、孤児となったカルティを引き取ったのだろう。


 厳しくて、怖いヒトだけど、心根は真っすぐで、あたしはこういう女性は嫌いじゃないな。できる女上司っていうかんじだ。


 結婚で退職してしまったけど、最初の直属の上司がそんなヒトだった。


 あたしはそのヒトに、社会人としてのイロハなるものを教えられ、鍛えられたようなものだ。


「ですが、フレーシア、働かざるもの食うべからずです。猫には、食料庫のネズミ退治の任を与えますから、責任をもって従事させるように」

「は、はい」


 お祖母様はにこりともせずにそれだけを言ってしまうと、車椅子を爺やに押してもらいながら、部屋からでていく。


 お祖母様のあとにはデイラル先生が続き、お父様も部屋をでていく。


 気づけば、ライースだけが部屋に残っていた。

 カルティもメイドたちの一団と一緒になって退出したようである。


 ライースは、寝台の横にあった椅子を枕元の方へとひきよせると、そこに腰掛けた。


(ら、ら、ライースとふたりっきりぃ!)


 これは、神様が用意してくれたサプライズだろうか?


 言うまでもなく、あたしの心臓が激しく動き始める。


 毎朝、毎晩、起きたとき、寝る時に、タペストリーのライースをまじまじと眺めていたが、やはり、生ライースは違う。


 さらに、思春期あたりの年頃のライースは、回想シーンでしか見ることができないのだ。


 狼狽えている場合じゃない。


 画面キャプチャができないのだから、しっかり、この目と魂に、思春期ライースの姿と香りを焼きつけておかなければならない。



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