1-26.患者のひとり

 ジェルバの目が「くわっ」と見開かれ、大声をあげたあたしを指差す。


「デイラル! なにが大丈夫だ! みろ、奇声を発しているじゃないか! このやぶ医者め!」

「落ち着いてください、父上! デイラル先生への暴言はお控えください。あと、父上の声の方がはるかに大きいですよ」


 デイラル先生に掴みかかろうとしているジェルバを、ライースが羽交い締めで必死に止める。


 今の段階では、ライースよりもジェルバの方が、力は勝っているようだ。

 ライースは顔を真赤にして歯を食いしばり、ぷるぷる震えながらジェルバを抑えている。


 なにげに、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵も死亡率は高いが、そこそこ強かったりする。


「フレーシアお嬢様、いかがされましたかな? ご気分がお悪いのですか? どこか、痛みますかな?」


 憤慨しているジェルバは無視して、デイラル先生は、あたしに問いかける。


 長年アドルミデーラ家に仕えてきたデイラル先生にとって、ジェルバ・アドルミデーラ侯爵は主君であると同時に、幼い頃から成長を見守っている患者のひとりで、あまり怖くはないのだろう。


 やぶ医者呼ばわりされても、表情ひとつ変えない余裕が、デイラル先生にはあった。


「あ……いえ、なんでも……ない……です」


 あたしは、慌てて上掛けをたぐりよせる。


「大きなこえを……だして……ごめん……なさい」


 この状況から一刻も早く抜け出したい。


 はやく、ひとりきりになって、大事なことをゆっくりと考えたい。


 屋敷にいる主な人間にぐるりと囲まれている状態では、落ち着いて考えることもできない。


 と、思ったら、あたしのお腹が小さく「きゅるるぅっ」と、音をたてた。


 その音を聞き、穏やかだったデイラル先生の顔が、さらに柔らかいものになる。


 あたしのお腹の音で、再び部屋の中の空気が固まる。


 ただでさえ注目されているのに、部屋にいる人々の視線が、あたしに向かって容赦なくつきささる。


 ライース・アドルミデーラも、驚いたような顔をして、あたしをまじまじと見つめている。


(お、お、推しの前で、お腹が鳴るなんて……)


 顔が……耳や首筋まで、羞恥のために赤く染まったのが、自分でもわかる。


 もう、恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらない。


 六歳の子どもが、お腹の音でうろたえるのもおかしな話だが、中途半端であっても、前世の記憶が蘇ったアラサーのあたしには耐え難い屈辱的なできごとだ。


 ライースの視線からひたすら逃れたくて、あたしは握りしめている上掛けを引き上げるが、この上掛け、子どもが使うには少々、大きすぎるようで、重くてたぐりよせることができない。


 あたしが非力でもあるんだろう。



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る