1-25.お父様の動揺

 ジェルバ――お父様――はあたしの顔色の悪さに驚き、デイラル先生に「本当に大丈夫なのか?」と詰め寄っている。


「ジェルバ様、ご安心ください。フレーシアお嬢様は順調に回復なさっております」

「あんなに顔色が悪いというのにか!」

「顔色の悪さは、こちらに移る前からのものでございます」


 デイラル先生ののんびりとした返答に、お父様は「むうぅっ……」と唸って黙りこくる。


「熱も下がっております。七日間も高熱が続き、体力を消耗したのでしょう。これからは、時間をかけてゆっくりと回復していく段階です」

「父親の名前がわからないのは、どういうことだ?」

「それは、これから様子をみてまいりましょう。意識も記憶もはっきりされておりますし、長い間、意識を失っていたための混乱状態かとおもわれます」

「そんな……のんきなことで大丈夫なのか? 父親の名前が言えないのだぞ?」

「……まずは、フレーシアお嬢様の回復と安定に力を注ぎましょう。心身がおちつかれましたら、色々と思い出されるでしょう」


 お父様が納得できる答えではなかったようで、ジェルバは疑っているような、ジトっとした視線をデイラル先生へと向ける。ののしりたいのを懸命にこらえているようだ。


 が、お祖母様の二度の咳払いで、お父様はしぶしぶ口を閉じる。


「頭の傷も悪化することなく、回復の様子がみられます。……まあ、痕が少し残るかもしれませんが……」


 デイラル先生の言葉に、お父様は悲鳴めいた叫び声をあげた。


「お、お、女の子の身体に傷が残るだとおっっっっっ!」

「ち、父上、大丈夫ですか?」


 額を抑えてふらついたジェルバを、ライースが慌てて支える。


 デイラル先生の言葉がよほどこたえたのか、ジェルバはよろめきながら「フレーシアが傷物になった」と、無表情でブツブツと呟いている。


 なんか、ちょっと怖い……。


 それに、傷物って……別の意味に聞こえるから、その言い方はやめてほしい。


「ジェルバ様、傷が残るといっても、それほど大きなものではありません。髪に隠れて見えることもないでしょう」

「なにを言っているんだ! 傷の大小の話ではない。たとえ、小さなものでも、傷は傷だ!」


 ジェルバの反論に、ライースはあきれたように首を振る。

 言っていることは間違いないが、むちゃくちゃだ。


(額に傷が残るだけで、こんなに動揺してしまっているのだから、娘が溺れ死んだときは、もう大変だったんだろうな……)


 他人事のように、心の中で感想を呟いたあたしは、次の瞬間、


「あああああ――っっ!」


 と、大声をあげてしまった。


 あたしの大声に、部屋の中が「しん」と静まり返る。

 一瞬、いや――な緊迫感が寝室に満ちた。


(や、やってしまった……)



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