1-23.あたしのお父様

 残念なことに、デイラル先生は、あたしをかばうつもりはないようだ。


 優しそうな顔をしていたので、あたしの味方として家族との『とりなし』を期待したのだが、現実はそんなに甘くない……ということだろう。


 家族から怒られるのなら、とことん怒られろ……という、老医師の心の声が聞こえたような気がした。


 先生にいわせたら、溺れ死んでしまっていたら、説教も受けることはできなかったのだから、この幸せを噛み締め、ありがたく受け入れるように……といったところかな。


 デイラル先生はそれから、あたしの両目をみたり、口を開けて喉の様子をみたり、手足を触ったり、聴診器をあてたり、その他にも、指が何本見えるかだの、自分の名前や親の名前などを聞いてきた。


 なんちゃってファンタジーな世界だから、診察もなんちゃって……かと思っていたけど、やっていることは理にかなっている。

 とはいえ、医療器具はどっかの歴史博物館に展示されてそうな……なんちゃってヨーロッパ世界にあっても違和感ないものだ。


 まあ、手術を受けるわけでもないから、前時代的な医療器具でも大丈夫だろう。


 自分の名前、両親の名前の質問で……思わず考え込んでしまったら、部屋がざわついて、お祖母様が再び「静かになさい」と凛とした声で一喝する。


 その声でぴたり、と室内が静かになるのだから、お祖母様の影響力はあなどれない。


 その見事な統率力を目の当たりにした、デイラル先生の顔には苦笑が浮かんでいた。


「デイラル、フレーシアの具合はどうなのだ? 熱はまだつづくのか? 出血して、気を失ったと聞いたが、大丈夫なのか? 頭の傷は? 自分の名前や父親の名前を言えぬとは……どうなっているのだ?」


 老医師の診察がひととおり終わったと同時に、畳みかけるようにして壮年の男性が、デイラル先生に詰め寄って、質問を連発する。


(出血……って、鼻血のことだよね……)


 具合が悪くてでたのではなく、興奮してでた……鼻血なので、なんだか申し訳ない。


 壮年の男性は必死の形相で、今にもデイラル先生の胸ぐらをつかんで尋問しそうな勢いだ。


 短く刈揃えられた黒髪に、やや鋭い印象を受ける茶色の瞳。背は高く、体格もしっかりとしている。


 日頃から鍛錬を行っているのか、この歳に多い、お腹がぽっこりでているおじさんではなかった。

 油断ならない気配をまとい、堂々としている。

 容姿はどことなく、ライースに似ていた。


 ライースが壮年になったら、このような感じの男性になるのだろう。


「父親の名前がわからぬとは……フレーシアは、どうなってしまうのだ!」


(……もしかして、あたしのお父様になるのかな?)


 カルティが「旦那様」と呼び、ライースが「父上」と呼び、そう呼ばれた壮年の男は、お祖母様のことを「母上」と呼んでいた。


 お父様は、あたしが『父親の名前』を言えなかったことに対して、地味に……いや、激しくショックを受けているようだ。


 先程から何度も「父親の名前」というフレーズがお父様の口からでている。


「父上、落ち着いてください。そんなに迫られたら、デイラル先生も困惑されていらっしゃいます」


 ライースがデイラル先生とお父様の間にわって入る。


「いや、でも、娘が父親の名前を忘れたのだぞ? 一大事じゃないか?」

「だったら、なおさら、落ち着いて、デイラル先生のお話をうかがいましょう」

「ジェルバ、みっともない真似はおよしなさい。それでも父親ですか? そのようにうろたえることが、アドルミデーラ家の家長としてふさわしい行いですか?」


 お祖母様も加わり、ようやく、お父様は静かになった。


 静かになった……というか、しゅん、とうなだれてしまっている。


 さすが、お祖母様だ。



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