1-22.老医師の言葉

 第一モブ……いや、デイラル先生は、とても温厚で知的なお爺ちゃんである。


「フレーシアお嬢様には、わたくしが怒っているように見えますかな?」

「みえない……です」


 だから、ちょっぴり怖い。


 普通は怒るだろう。


 普段、温和なヒトほど、怒ると怖いのだ。


 これは間違いなく、説教コースだ。


 なのに、デイラル先生にそういった気配はない。


「フレーシアお嬢様は、どうしてわたくしが怒っていると思われたのですかな?」

「池におちたから……」


(あたしは、今、六歳児だ。六歳児の会話を……)


「なぜ、フレーシアお嬢様は、池に落ちられたのですか?」

「木のえだが……おれたから……」


 従兄弟の子どもをイメージしながら、思い出したことを断片的に口にしていく。


 今のところ、あたしの演技は完璧で怪しまれてはいないようだ。


「そのとき、フレーシアお嬢様は、なにをされていたのか、覚えておりますかな?」

「……子猫……」

「はい」

「子猫……を……木からおりられなくなった……子猫をたすけようとして、木にのぼって……池に……おちた……」

「元気でなによりでございます」 


 老人は「ふぉっ、ふぉっ」と、愉快そうに笑った。


 事前にカルティとライースからコトのあらましを聞いていたのだろう。


 池で溺れて七日間もたっているのだから、それくらいのことはやってそうだ。


 予想した通り、あたしの申告に慌てる者はだれもいなかった。


 デイラル先生が知りたかったのも、あたしが池で溺れた理由ではなく、溺れた前後の記憶が、あたしの中から抜け落ちていないかだろう。


「池におちたの……おこらない?」


 あたしは探るような目をデイラル先生に向ける。


 デイラル先生の向こう側には、ライースやカルティ、車いすに座ったお祖母様や、爺やなどの姿が見える。


 表情まではわからないが、デイラル先生の診察中ということで、言いたいことをぐっとこらえている気配がした。


 『キミツバ』に『治療』という概念があれば、登場してもおかしくないキャラの濃さだ。もしかしたら、デイラル先生はボツキャラなのかもしれない。


 あたしが『誰』におびえているのか、デイラル先生は察したようである。


 目を細め、再びあの「ふぉっ、ふぉっ」笑いを披露する。


 モブとは思えないほどの、存在感というか、キャラに厚みがある。


「フレーシアお嬢様、わたくしは医者でございます。フレーシアお嬢様のお転婆がすぎて池で溺れたことを叱るよりも、すぐに助け出されて、適切な処置がおこなわれ……こうして、再び、フレーシアお嬢様を診察できる幸いを喜ぶのが、医者というものでございますよ」


 ずれかけたモノクルをかけ直しながら、老医師は言葉をつづけた。


「ライース坊ちゃまが、その現場、その瞬間に居合わせてくださったことは、まさに僥倖としか言いようがございません。ライース坊ちゃまがいらっしゃらなければ、フレーシアお嬢様とは、もうこうしてお話をすることはできなかったでしょう……」


 デイラル先生の言うとおりだ。


(このお爺ちゃん、さらっと軽く、重たいことをオブラートに包んでズケズケ言ってくれる……)


 あたしがプレイした『キミツバ』では、ライース・アドルミデーラが別荘に到着して、事件現場である池にたどりつくのは、もっと遅い時間だったはずである。


「この幸運を喜び、神に感謝するのが、医者の役目でございますよ」

「…………」



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る