1-21.第一モブと遭遇
あたしが用意されたものを完飲したら、部屋の緊張した空気が、少し和らいだような気がした。
あたしは何度かまばたきを繰り返す。
すると、ぼんやりとした視界が徐々にくっきりとしてきた。
まずは、フサフサした白髪に、立派な白いひげを蓄え、金縁のモノクルをかけた皺だらけのお爺さんと目があった。
このヒトが、あたしに飲み物を飲ませてくれたのだ。
「フレーシアお嬢様、わたくしが何者か、おわかりでしょうか?」
穏やかな老人の声に、あたしはコクリと小さくうなずく。
「デイラル先生……お医者様」
白髪の老人――デイラル先生――はニッコリと笑うと「よくできました」と大きくうなずく。
六歳の病人が相手なら、こんなかんじだろうか。
ほのぼのとした空気が部屋の中に漂う。
デイラル先生は、お祖母様の専属医師として仕えていたが、数ヶ月前からはあたしの担当医でもあった。
病気ばかりしているあたしを心配して、お父様は、デイラル先生がいるこの地で、お祖母様と一緒に静養できるよう、手配したのである。
デイラル先生のお薬は、ものすごく苦くて飲むのは辛かったけど、王国でも五本の指に入ると云われた名医だけあって、よく効いた。
だから、がんばって飲んだ。
あたしは、デイラル先生の診療のおかげで、こちらで暮らしはじめてからは、病気で寝込む回数も減った。
病気をしなくなると、体力が消耗することもなくなり、失った体力もゆっくりとではあったが、取り戻しつつあった。
身体が丈夫になれば、それだけ病気にもなりにくくなる。
そして、少しの時間なら、リハビリもかねて外で散歩をしてもいいでしょう……という許可が、デイラル先生からでたとたん、あたしは……池ポチャをやらかしてしまった……という流れだ。
やっちゃった……としかいいようがない。
この世界の六歳児の会話能力、思考レベルはどの程度のものだろうか?
徹底した身分差があるので、教育に関しても、前世以上に格差がありそうだ。
上流貴族ならば、優秀な家庭教師がついており、平民の子どもよりは利発であってもおかしくはない。
「デイラル先生……おこってる?」
白ひげの老医師は、あたしの言葉に驚いたように目を細める。
デイラル先生とは、数年前まではアドルミデーラ家の専属医として家長であるお父様とともに、王都と領地を忙しく行き来していた老医師だ。
先代だったか、先々代だったからか、アドルミデーラ家に仕えている。
先生の医師としての腕も確かだが、お父様やお祖母様の支援もあって、王都にも領地にも先生の弟子がたくさんいる。
領内にはデイラル先生が校長を務める私設の本格的な医学学校もあるくらいだ。
つまり、アドルミデーラ領の医学の発展に貢献してきた偉いヒトだ。
お祖母様が体調を崩して静養を決めたとき、デイラル先生も引退を決めて、お祖母様の専属医師として、今はこの地に滞在している。
……これは、今世におけるあたしの知識。
ゲーム会社が発表した公式設定ではない。
お祖母様や使用人たちが話していたことを、今世のあたしは、なんとなく覚えていたようである。
デイラル先生の顔を見て思い出したが、ゲームでは、アドルミデーラ家の誰かが怪我や病気をしたときとかの背景に、たまに登場している人物だ。
名前はなく、いわゆる背景モブだった。
第一モブ遭遇だ。
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