1-20.デイラル先生★

 再びあたしが目を覚ましたとき……。


 あたしは推しのグッズ――ライース・アドルミデーラ――で埋めつくされたアパートの狭い一室……ではなく、中世ヨーロッパ風の天蓋付きベッドが似合う立派な寝室にいた。


 まあ、なんとなくそんな予感はしてたけど、夢オチではなかったようである。


 ここまできたら、自分が『キミツバ』の世界に転生したことを、潔く受け入れるしかないだろう。


 あたしが寝ていた寝台に変化はなかったが、静かだった寝室は、大勢の人の気配がして、とても賑やかだった。


 あたしが目を開けたことに気づいたのか、室内が一気にざわつきはじめる。


「ふむ。気がつかれたようですな……」


 穏やかな老人の声に続いて、さきほど聞いた声、記憶にある声が次々に重なる。


「おお! 気がついたか?」

「お嬢様!」

「レーシア! 大丈夫か?」

「どこか痛いところはないか?」

「身体の具合はどうだ?」


「あなたたち……少し、落ち着きなさい。みっともないですよ」


 老婆の凜とした声が、口々に発言する男性たちを問答無用で黙らせる。

 これはまちがいなく、お祖母様の声だろう。


「診察の邪魔になるでしょう……寝台からさっさと離れなさい」


 寝台にわらわらと近寄ってきた男性陣を、お祖母様はたった一言で下がらせる。


 お祖母様はこの頃、体調が急激に悪化したとかで、伏せっていることが多くなった。起きたとしても歩くことができず、車椅子での移動がほとんどだった。


 顔色も悪く、食欲もなくて、日に日にやせ衰えていた。


 弱っているにもかかわらず、まだ、声には威厳がある。


 さすが、アドルミデーラ家の女傑と云われたお祖母様だ。


「フレーシアお嬢様、まずは、これをお飲みください」


 上体を起こされ、吸い飲みの呑み口を口にあてられる。


(なにを飲まされるの?)


 ガラス製の吸い飲みは、液体の色が見える。

 液体は茶色っぽい色をしている。


 なにか、苦いクスリなんだろう。


「薬は後で飲んでください。まずは、喉の乾きを癒やし、空っぽの胃をいたわる飲み物ですよ」


 老人の説明に励まされるように、あたしは吸い飲みに口をつける。


 ゆっくりと口の中にはいってくる液体は、ほんのりと甘く、後味もとても爽やかだった。


 赤いブランドカラーと白の横文字ロゴで世界的に有名な茶色い炭酸飲料の炭酸がないタイプ……みたいな味だ。

 ポテトとかハンバーガーが食べたくなる味である。


「一気に飲むと、空っぽの胃がびっくりしますよ。あわてないで、ゆっくりと、飲んでください。そう、その調子で……」


 飲んでも大丈夫なものだとわかると、あたしは老人の言うとおり、ゆっくりと甘い液体を飲み込んでいく。


 七日間寝込んでいたというだけあって、たしかに喉が乾いていた。


 今はよくわからないけど、お腹も空いているにちがいない。


 キャラを殺さないとやっていけない『キミツバ』の世界観に、魔法の回復薬というものは存在しない。回復魔法も存在しない。


 選択肢の結果は、大怪我を負って死ぬか、怪我をしてもかすり傷程度で死なないという、どちらかしかない。

 重症という概念がなく、怪我を急いで回復させるというシーンがないからだ。


 ヒロインが『癒しや浄化の力を授かった聖女様ではない』というのが、普通の乙女ゲームとは違うところ、と、運営はドヤ顔で宣言していたが、それで他のゲームと差別化をしたつもりでいるのなら、なんともお粗末なものだ。


 この液体は、前世でいうところの重湯か、栄養剤のようなものだろう。


 今世で病気になって食欲がないときに、これに似たようなものをメイドに飲まされた記憶が蘇る。


 あたしは、時間をかけて、吸い飲みの中を空っぽにした。



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――物語の小物――

『吸い飲み』

https://kakuyomu.jp/users/morikurenorikure/news/16818023211998917207


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