1-19.ライースの妹
――あ……ここって、『キミツバ』の世界なんだ――
ライースに抱きしめられた感激で、気を失うその瞬間、あたしはこの世界――舞台――がなんなのかを悟った。
あたしが転生したこの世界は、前世でやり込んでいた乙女ゲーム『君に翼があるならば、この愛を捧げよう』の世界だ。
タイトルが長いので、略して『キミツバ』のゲーム世界……。
不意に、あたしの脳裏に美しい映像が紙芝居のように蘇る。
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黒髪、黒い瞳の美しい青年が、水中へと迷うことなく飛び込み、必死に手を動かし、水をかきわけ、水底を目指して泳いでいく。
青年が見つめる先には、水底に沈んでいる亜麻色の髪の少女がいる。
溺れたときに足が石の隙間に挟まってしまったのか、少女は水底に留まったままだ。
青年は一度、水面から顔をだすと、大きく息を吸い込み、再び、水中へと潜っていった。
水中には幾筋もの夏の光が、キラキラと差し込み、澄んだ水中を底の方まで照らしていた。
黒い髪は水中でゆらゆらと揺れ、黒い瞳が深い色をたたえている。
水のなかで、青年は夏の日差しを背後に浴びて、燦然と輝いていた。
とても幻想的で、とても綺麗な……天使が降臨したかのような光景だった。
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……これは、『キミツバ』のスチル画像だ。
かつて『キミツバ』の第一部が完結したときに、その記念として、各キャラの過去を知ることができる期間限定の特別イベントが開催された。
事前に登場キャラの人気投票が行われ、上位五名のストーリーイベントが作成され、公開されたのである。
人気順位が上位のキャラほど、難易度は高く、また、キャラがしゃべる時間も多く設定されているという、ファン殺しのゲームイベントだった。
あたしがデジャブを感じたシーンは、そのイベントに参加し、ゲーム得点上位にランクインした者のみに限定公開された『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』のシークレットスチル画像だ。
(ああ……また、あの光景を目にすることができるなんて……しかも、今回は音声だけじゃなくて、キャラがめっちゃくっちゃたくさん動いてた!)
意識が遠のいていくなか、この夏に、『ライース・アドルミデーラ 真夏の静養地編』が発生したんだ、とひとり納得する。
なかなかの順調な滑り出しじゃないだろうか。
この調子でどんどん、他のイベントのスチル画像に遭遇していきたい。
ライースとカルティの声が遠くで聞こえたが、あたしの意識は幸福感に震えながら、ゆっくりと沈んでいく。
ゆっくりと、沈んでいく……。
ゆっくりと……沈みながら、なにかが、ひっかかった。
(ちょっと、まって……『ライース・アドルミデーラ編』の内容って……)
あたしは、必死に、たった今、思い出したばかりの『キミツバ』情報をかき集める。
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ライースの幼い妹は、身体が弱く、双子の弟が亡くなったのをきっかけに、領地の別荘で静養することとなった。
だが、なにもない田舎の単調な日常に飽きたライースの妹は、口うるさい従者の目を盗んで、こっそり部屋をぬけだすこと考え、成功する。
もうじき見舞いにやって来るという、旅好きな兄に、お守りとして、四つ葉のクローバーの押し葉を渡そうと……ライースの妹は考えたのだ。
そして、ライースの妹は、ひとりで池の周囲で四つ葉のクローバーを探しているうちに、足をすべらせて池に落ちてしまう。
ライースの妹が部屋にいないと、従者が気づいたのは、少女が池に落ちてから数時間後のことだ。
従者は他の使用人たちと一緒に、必死になって屋敷の中を捜すが、少女を見つけることはできなかった。
別荘に到着したライースも、使用人たちから話を聞くと、部屋から消えた妹の行方を一緒に探しはじめる。
しばらく周囲をさがしていると、池に浮かんでいる女の子のくつをライースが発見し、驚いて、池に飛び込んだ……という話だ。
その後、ライースは池の底で冷たくなっている妹を発見し、助けだすが、もうすでに妹は帰らぬひととなっていた。
冷たくなっていた妹の手には四つ葉のクローバーがしっかりと握られており、妹も救うことができなかったライースは、心に深い傷を負ったのである。
そして、少女の世話を任されていた『従者』は、激怒した少女の父親に、激しく鞭打たれた。さらに罪人の烙印を押され、領地から追い出されたのである……。
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