1-18.ライース・アドルミデーラ

(ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと! なにやってんのよ! あたし! のんびりぐーすか寝ている場合じゃないわよ!)


「お嬢様! いきなり起き上がってはいけません!」


 カルティが慌てて、暴れるあたしを押さえつけようとする。


(ライース・アドルミデーラ!)


 タペストリーに描かれている青年と比べて、十歳ほど若いが、間違いない。タペストリーの男である。


(あ……あたしの……推しがああああっっ!)


 心の中で叫ぶ!


 叫びまくる。


(腐女子の神様ありがとう! 生きてて、いや、実際には死んじゃったけど、よかった!)


 と、同時に『ライース・アドルミデーラ』の情報が、脳内でビックバン状態になり、カルティのときと同じように、あたしの記憶として、津波のようになだれこんでくる。


 頭がグラグラして、吐きそうになるが、ライース・アドルミデーラの前でリバースはよくない。

 そんなことしたら、マジで生きていけなくなる。

 なので、あたしは必死に我慢する。


 あたしの葛藤を知らないライース・アドルミデーラは、寝台にいるあたしを見つめると、大きく息を吸い込んだ。


(な、なんてこと! ライースがあたしを見てる! あたしだけを見てる! もう、思い残すことはない! もう一回、いや、何度でも、何回でも死んでも大丈夫! これだけで生きていける! ゾンビのように蘇ってみせる!)


 あたしがおとなしくなったので、空気を読んだカルティが、そろそろとあたしから離れていく。


「レーシア!」


 次の瞬間……。


「はひぃつ!」


 あたしは、ライースにおもいっきり抱きしめられていた。


「レーシア! レーシア!」


(なに、なに? なにが起こっているの? なんか、すごいことが起こってるよ!)


「このバカ! なぜ、あんなことをしたんだ!」


 あたしを強く抱きしめたまま、ライース・アドルミデーラは早口で言葉をつづける。


「まだ、体調も万全とはいえないのに、なぜ、木登りなんかしたんだ!」


(ああ、そうだ。あたし、子猫を助けようとして、木に登って……枝が折れて……池に落ちたんだった……)


 木から落ちるイベント。

 池に溺れるイベント。

 頭を強く打つイベント。

 高熱でうなされるイベント。


 これでもかっていうくらい、前世を思い出すテンプレイベントが一度に発生したわけだ。


 そのどれが要因になったのか、それとも、全ての条件が揃ったからなのか、あたしは、こうして(不完全だけど)前世を思い出し、今はめでたくも(年齢的にはまだ成熟していないが)推しキャラに「がしっと」抱きしめられている。


「レーシア! みながどれだけ……どれだけ……心配したことか! 何日も目を覚まさず、熱にうなされ……」


 あたしを抱きしめるライースの両腕に、さらに力が込められる。


 温かな日向の匂いが鼻孔をくすぐる。


 柔らかな肌のぬくもりと、穏やかな息づかい。


 そして、力強いドクドクという鼓動が、あたしに伝わってくる。


「心配したんだぞ。もう、このまま……目を覚まさないのかと……」


 少し震えているイケボが……あたしの耳元で囁かれる。


(うおおおおおっつ! ライース・アドルミデーラの生ボイスうっ! 菊山礼一郎の滅多に聞けない若づくり声!)


 胸が……。


 心臓が……。


 嗚呼……バクバクします!


 ライースは泣いてはいないが、今にも泣き出しそうな声だった。


 あたしも許されるのなら、泣いて悦びの舞を披露したいです。


「本当に……よかった……。レーシアが生きててくれて……。目を覚ましてくれて……本当によかった」

「ライース様、落ち着いてください。お嬢様はまだ安静に……」


 カルティの声が遠くで聞こえた。


 なんだろう……。


 この、夢のような時間は……。


 あたしは、幸せ……いや、興奮のあまり鼻血をだして、そのままライースに抱きしめられたまま気を失ってしまった。



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