1-17.黒い瞳の青年
怯えたようなカルティの視線が、あたしから寝室への入り口へと移動する。
「おい! さっきの音はなんだ!」
新たな男性の声が入り口付近で聞こえた。口調はしっかりしているが、声はまだ若い。
中高生くらいの声だろうか。
声の主が誰なのかわかったのか、カルティの身体が緊張で硬くなる。
あたしにもその緊張がびんびん伝わってくる。
ふたりして仲良く息を潜め、その声に耳をすます。
「これは……どうした! 扉が開いたままじゃないか? カルティはいるのか? なにか起こったのか?」
寝室に入ろうとして、ジャリ、パキッっという、ガラス片を踏みしめる音に、声の主は、「なんだこの惨状は?」と、驚いたような反応を示している。
「誰か! 誰かいないか?」
遠くにいる人を呼び寄せようと、声がさらに高く、大きくなる。
「坊ちゃま、お呼びでございますか?」
すぐに年配のメイドの声が加わった。
床に散らばっているガラス片に気づいたのか、女性の「あら、あら、まあ、まあ……」というような声が聞こえた。
「マイヤ、床のガラス片を片付けるように手配してくれ。破片の扱いには注意しろ。怪我をするなよ。うーんこの破片の量は……。シミも残りそうだし、絨毯ごととり替えた方がいいのか?」
「そうでございますねぇ……」
女性の方があきらかに年上なのに、青年の方が偉そうだ。こういうときは、命令するのに慣れた声という、便利な表現がある。
っていうか、絨毯ごととり替えるって……やっぱり、この家、金持ちじゃん。
マイヤと呼ばれた年配の女性は「承知いたしました」と答えると、手を叩きながら他の使用人の名を呼びはじめる。
あたしの場所からだと、寝台の天蓋が邪魔で、よく見えなかったが、入り口に複数の人が集まる気配がし、なにやら騒がしくなりはじめる。
カルティが怯えている。
想像していたよりも大事になってしまって、焦っているのだろう。
ガラス片を使用人たちが片付けはじめ、声の主がずかずかと室内へと入ってくる。
「カルティ! カルティはいないのか? ん? なんで、トレイがこんなところに落ちているんだ?」
部屋の隅に転がっているトレイの存在に気づいて、一瞬だけ歩みが止まったが、声の主はさほど気にする風でもなく、寝台へと近づいてくる。
「カルティ!」
(めっちゃいい声! カルティだけじゃなくて、あたしの名前も呼んでほしい)
堂々とした、腰のあたりから背中にじんと響く……甘い……イケボだ。
高性能のヘッドホンで聞きたい。
あと、十年くらいすれば、さらに重みと落ち着きもでてきて、ものすごくエロい声になりそうだ。
いや、絶対になる!
耳元で囁かれたら、腐女子は確実に、間違いなく秒で昇天する声だ。
「ライース様! わたしはここに!」
慌ててカルティが返事をする。
(ライース……?)
カルティの返事に、あたしの眉がぴくりと動く。
その名に聞き覚えがあった。
「ライース様! お嬢様が、意識を取り戻されました!」
「なにっ!」
カルティの言葉に、寝台を囲うカーテンが、勢いよく跳ね上がる。
「レーシア!」
夜の闇のような艷やかな黒髪に、深く吸い込まれそうな黒い瞳の青年が、あたしの顔をのぞきこんでくる。
歳は……前世でいうところの、高校生くらいだろう。
あまり眠っていないのか、目が充血しており、目の下にはクマができていた。
日焼けした肌に、すらりと引き締まった体躯。背が高く、姿勢がよい。獣のようなしなやかさをもちつつ、理知的な黒い瞳が、ベッドで寝ているあたしを真正面からのぞきこむ。
(あああああっっ!)
驚きと、興奮に、あたしはベッドから飛び起きていた。
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