1-15.黒幕の手先
挙動不審なあたしを、さきほどからカルティは疑いの眼差しで見下ろしている。
薄々、感じてはいたが、あたしって、ずいぶん、カルティに信頼されていないようだ。
記憶が混乱していてよく思い出せないが、今までの行いがよっぽど悪かったのだろう。
カルティは「急に起きたりするから……」とか口の中でブツブツと文句めいたことを言いながら、ベッドサイドに置かれていた洗面器に布を浸し、冷えた布をあたしの額の上に置いてくれた。
熱はないけど、冷たい布が額に置かれて、興奮で火照った身体にはとても心地よい。
(ちょっと、雰囲気が違うような気もするけど……間違いなく、彼は『カルティ・アザ』だ)
あたしの様子を心配そうに見ている侍従を、おずおずと見上げる。
液晶画面で見るスチルと、実体化されたときの差異でもあるのだろうか。
前世のあたしが知っている『幼少期のカルティ』は、今よりももっと、ももっと、ももっと、ももももっと、恨みがこもった暗い目をしていた。
あたしの前にいるカルティは、暗いことは暗いのだが、こう……腐女子の妄想を刺激させるほどの……闇に堕ちたような陰鬱とした暗さ……がない。
ただの根暗だ。
理由はわからない。
だけど、見過ごせない少しの違和感。
違和感を見過ごすな。
ヘビーユーザーだった前世のあたしが、今のあたしに警告を発する……。
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この陰気な『侍従』は、とある乙女ゲームの重要キャラクターだ。
あくまでもヒロインが主人公目線で行動する乙女ゲーム(公式発表)なのだが、主人公の目線がないのに、美麗な攻略男性陣同士の友情やら愛憎やら、きわどいセリフやら……が、金さえつぎ込めば、わんさかでてきた。
打ち出の小槌状態で、腐女子仲間は悶絶していた。
とにかく、ヒロインよりも、攻略キャラ同士のからみの方が断然に多いが、直接的な描写がないこともあり、ユーザー側が勝手に想像の翼を広げて、色々なカップリングで盛り上がっているゲームだった。
……ような記憶がある。
だったらいいな、という願望も若干、混じっていたが、純粋な乙女ゲームとは少々毛色が違っていた。
……ような記憶がある。
肝心なゲーム名やら、本編ストーリーはまだ思い出せないが、なぜか『カルティ・アザ』のことだけはしっかりとわかる。
いや、一度、死んだ身だ。
恐れることはなにも……家に残した薄い本とパソコンの中身とブラウザの履歴が白日の下にさらされる以外は……恐れるものなどない!
強く生きよう!
こうなったら、自分自身を認め、正直に本能という直感に従って生きよう!
実際のところ……あたしは、なぜか『カルティ・アザ』の情報だけしか、思い出せなかったのだ。
認めたくはないのだけれど……自分のこれからの転生ライフには、全く役に立ちそうもない、重箱の隅っこにあるようなどうでもいい情報ばかりを思い出していた。
カルティの体重とかスリーサイズを小数点以下まで覚えてて、どーやって転生ライフに活用すんのよ!
華麗なる転生スタートダッシュ……あたしは見事に転んでしまった。
腐女子度鑑定に必要な知識は後でゆっくりと整理整頓するとして……まずは、大事そうな情報を引っ張り出す。
確か、カルティ・アザの声優さんは、幼少期は、少年ボイスで有名な女性声優さんが、特別に……って、こだわるポイントはそこじゃない!
えっと……カルティ・アザは、第一部では主人公の前にたちはだかる、敵役として登場した。
いわゆる、黒幕の手先だ。
彼は妨害工作が得意で、暗殺者的な立ち位置にあって……ヒロインおよび攻略キャラたちの邪魔をしまくる美形キャラだった。
攻略キャラ並みに力の入った美麗なスチルと、ミステリアスな歪んだ微笑。それに相応しい影のある過去。
さらに、担当声優が同時期に放映されたアニメ作品で大ブレイクしたことにより、スポットライトがあたって、ファンが激増し、ゲームそのものも注目をあびた。
そういう要素が重なって、「これはいける!」と確信した運営は、第二部になると、カルティ・アザをメインの攻略キャラに昇格させたという流れがある。
ただ、カルティ・アザは第一部で敵役だったこともあり、幼少期のトラウマによって、かなり病んだ性格の持ち主……という設定のキャラなんだよね……。
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