1-12.チビカルティ

「まずはお水……」


 と、カルティは言いながら、顔を動かして、入口付近の水浸し状態を再認識する。


 己がしでかしたことに絶句するが、なにごともなかったかのように、あたしの方に向き直った。


 ……見なかったことにしたいのだろう。


 水の入ったガラスの水差しとコップが、絨毯の上で派手に粉々になって、砕け散っているのだ。


 片付けるのが大変そうだ。


 現実逃避したい気持ちはわかる。


「お水が……ありませんね。汲んでこないと……。そ、それよりも……大奥様にお知らせ、いえ、まずは、お医者様をお呼びして、ああ……ライース様にもお知らせしないと……。旦那様にも……。そんなことよりも、なにか、お腹に入れたほうがいいのでしょうか……」


 涙で濡れた顔をゴシゴシと拭いながら、カルティはブツブツとひとりごちる。


 目がちょっと遠くを見ている。


 なんか、変なスイッチが入ってしまったようだ。


「ちょ、ちょっと……落ち着こう、落ち着いて、カルティ。まずは、深呼吸を……」

「とりあえず、医者ですね」


(…………ああ)


 残念ながら、あたしの声は、カルティには聞こえていないようだ。


 あたしの前世の知識と今世の記憶が間違いなくシンクロしていたら、現在のカルティは八歳。


 大人のカルティはちょっとぶっ飛んだ危ない系のイケメンだったが、今は、ただの少年侍従でしかない。


 前世を思い出したあたしは……おそらく……今世プラス前世の年齢を足すと、三十歳を突破する。

 精神年齢は、あきらかに、あたしの方が上だ。


「カルティ……。まずは、お祖母様にお知らせして、医者の手配は、爺やがやってくれるから。カルティは考えなくても大丈夫。それよりも、メイドに言って、入り口にあるガラス片を片付けてもらって……」

「……お医者様を呼んで参ります!」


 チビカルティに……あたしの指示は見事に無視される。


 まあ、もともと、お祖母様の言うことしか聞かない子だったけどね……。


 カルティのキャラ設定では、――純粋だが、少し思い込みが激しいところがある。一度、こうだと信じると、他人の言うことを拒絶する傾向にある――というのがあった。


 そういうキャラ設定だから、カルティ・アザは、『ゲーム』では黒幕の言葉にころっと騙されるんだ。


 黒幕やら周りの人間にいいように利用されて、カルティ・アザは、命がけの危険なコトばかりやってた。

 なのに、やばくなったら裏切られて、簡単に死んじゃうんだよね……。


 さらに悲惨なのが、自分が騙され、利用されていた……ということに気づかずに死ぬパターンが八割以上ときたものだ。


(すでにこの年齢から、その設定が生きているの……?)


 夢のような現実に、頭が痛くなってきた。


(間違いない。あたしは……乙女ゲームの世界に転生したんだ)



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