1-10.カルティ・アザ

 軽く扉がノックされ、ゆっくりと扉が開く音が聞こえた。


(やばい! だれかきた!)


 緊張で身体が硬直する。


 突然のことで、どうしたらよいのかわららず、あたしは鏡の前で立ち尽くす……。


 このまま、ここで立ち尽くしていて、あたしは大丈夫なのだろうか?


 急いで寝台の中に戻った方がいいのだろうか?


 寝たふりをして、まだ意識が戻っていないと思わせた方がよいのだろうか。


 ……と、考えている間に、寝室の扉が大きく開いた。


「失礼しま……」


 声変わりをまだ迎えていない少年の声が、不意に途中で止まった。


 その後……。


 ガチャン!

 ガチャン!

 ガラガラ!

 カラン……カラン……カラン……。


 ガラスが割れる賑やかな音と、金属のトレイが転がる派手な音が、静かだった寝室に響いた。


 騒々しい音に驚いたあたしは、今の状況もわすれて、音のした方……寝室の入り口へと目をやる。


「おっ、おっ、おっ……」


 開け放たれた寝室の入り口には、赤錆色の髪、焦げ茶色の瞳の少年が立っていた。

 彼は従者のお仕着せを着ている。


 ただ、いつもに比べて、髪に生気がなくてパサパサで、寝ていないのか目の下にはクマができている。鼻の頭と、目尻は赤く、まぶたは腫れぼったい。


 また、泣いていたんだろう……。


 さっきの音は、この赤錆色の髪の侍従が、水の入った水差しとコップを落とした音だった。


 侍従の足元は、ガラスの破片やら、こぼれた水でぐちょぐちょだった。


(カルティ・アザ!)


 不意に、あたしの脳裏に、従者の名前が、天啓のように浮かんだ。


「おっ、お嬢様! お嬢様がお目覚めに!」


 従者カルティ・アザは、両手で口元を隠し、それだけを呟く。


 そして、赤く腫れぼったくなっている両目から、滝のように涙を流し始めた。


(あたし……この子……を知っている!)


 あまりの驚きに、全身の震えが止まらない。


 正確には、この子が成長した姿をあたしは知っている……と、理解すると同時に、この子の情報が脳内で一気に爆発した。


 それは、一方的な情報の洪水だった。


「ううう…………」


 頭が割れるようにガンガンと痛くて、立っているのも辛い。


 あたしは、鏡の前にしゃがみ込んでいた。


「お、お嬢様!」


 カルティ・アザが、あたしの方へと駆け寄ってくる。


 カランカランという音がしたのは、カルティが動いたときに、金属製の円形トレイを思いっきり蹴ってしまったからだろう。


 トレイが派手な音をたてながら、コロコロと回転しながら部屋のすみの方へと転がっていく。


「お嬢様! 安静にしてください! 急に起き上がってはだめです!」

「だ、大丈夫よ。カルティ……」

「え……?」


 涙でぐしゃぐしゃな従者の顔が、驚き……いや、怯えたように固まる。


「お、お、お、おっ、お嬢様、大丈夫ですか?」

「カルティ……大丈夫っていってるじゃない」

「いや、大丈夫じゃないです。お嬢様がわたしを名前で呼ぶなんて、ありえません」

「え……?」


 一瞬、あたしの目が点になる。


(今、問題なのはそこなの?)



***********

――物語の小物――

『金属のトレイ』

https://kakuyomu.jp/users/morikurenorikure/news/16818023212475270773


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