1-5.あたしの推しキャラ
寝台を囲うカーテンの隙間からは、あたしが愛してやまない美麗な推しキャラではなく、花と果物が描かれた重厚な油絵が壁に飾られているのが見えた。
「え……?」
慌てて目をゴシゴシとこする。
もう一度、目を開けて見る。
(あたしの推しキャラがいない……)
由々しき事態だ。
あのタペストリーは、第三部制作決定記念イベントのためだけに、ウィンクなんかするはずのない設定の美青年キャラを、タペストリーだけのために……ウィンクしている姿を描きおろしたものだ。
それだけではなく、ロットナンバーつきの、数量限定品のレアタペストリーだ。
販売価格もだが、競争率も異様に高い商品だった。
さらに、オークションサイトでは、十倍以上の値段で現在もなお転売されており、問題にもなったくらいである。
ネット申し込み開始とともに、サーバーがダウンして、多くの腐女子が混乱し、嘆き、悲しんだ。
腐女子たちの祈りが聞き届けられて、販売ショップが復旧した頃には、なんと、タペストリーはすでに完売となっていたのだ。
当時のSNSでは、「ウィンクの呪い」というタグで、腐女子の嘆きと怨嗟の呟きで埋め尽くされたほどである。
そのような激闘のなか、あたしがタペストリーを入手できたのは、日頃の課金という名の献身ぶりが、神に認められたとしかいいようのない奇跡だった。
あのタペストリーは、まちがいなく、あたしの家宝、生きる活力だ。
あ……いやいや、今、熱くなって語るのは、そこではない!
自分の両目を擦った手を、あたしはまじまじと見つめる。
(おかしい……よね?)
見えているのは、小さな……子どもの、ふっくらとした手だ。
小指なんかは特に小さく、爪もとても小さい。
睡眠不足と栄養不足、そして忙しくて手入れを怠り、ボロボロになってしまったあたしの爪と大違いだ。
肌荒れとは無縁の手を広げたり、閉じたりしてみる。
あたしの思ったとおりに、子どもの手は動いた。
(ど、どいうこと……?)
頬を思いっきりつねってみた。
痛かった……。
でも、とくに、状況に変化はなかった。
あいかわらず、あたしは推しキャラのいない、立派な寝室の中にいる。
夢を視ているというわけではなさそうだ。
ベッドの上に座り込んだまま、あたしはキョロキョロと部屋の様子をうかがった。
人の気配はしない。
とても静かな部屋だった。
天蓋付きのベッド。
寝るときはしっかりとカーテンを閉じているのかもしれないが、今は昼で、まだ少し、暑さが残る季節だ。
熱中症対策だろうか? カーテンは、日差しと風向きを考慮しながら、半分ほど開いている。
山から吹く爽やかな風が、すーっと通り抜け、寝台の中のこもった空気を冷やしてくれている。
あたしは、忙しく目を動かし、カーテンの隙間から部屋の中を観察する。
ここは天井も壁も、床も、当然、ベッドの抱きまくらも……推しキャラでいっぱいな、あたしの部屋ではなかった。
部屋の大きさなど、あたしの部屋の倍くらいは余裕でありそうだ。
大きな窓から差し込む日差しはカーテン越しで柔らかいが、部屋の調度品は重厚な雰囲気で統一されており、ここが、寝るためだけの部屋であることが、なんとなく想像できた。
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