1-4.貴族の子女たるもの
ゴボゴボゴボ……。
夏だというのに、避暑地として人気の山間部の水はとても冷たかった。
全身の肌がひきつり、心臓がきゅんと縛られるようだ。
頭を強く打ったあたしは、浮上することなく、子猫を抱いたまま、ゆっくりと水底へと沈んでいく。
というか、あたしは、泳げない……。
今年の春、お祖母様が静養している別荘地に、体調が悪かったあたしは預けられた。
そこで、お祖母様は、
「貴族の子女たるもの、池に突き落とされたときのために、水練を身につける必要があります。夏までに、あなたの体調が戻れば、村の子どもたちから水泳を習うとよいでしょう……」
とかなんとか言っていたが、あたしは夏風邪をひいてしまい、医者の許可がおりずに、その話はまた来年……ということになった。
こんなことなら、無理してでも習っておけばよかった……と、後悔する。
いや、夏風邪なんかひかなければ……いやいや、自分の身体がもっと丈夫なら、こんなことにはならなかったのに……。
大量の冷たい水を飲み込みながら、あたしはぼんやりとそんなことを考える。
朦朧とした視界の中、黒髪、黒い瞳の青年が、水中へと飛び込んでくるのが上の方で見えた。
手を動かし、水をかきわけ、黒髪の青年はぐんぐんと水底を目指し、あたしの方へと真っ直ぐに近づいてくる。
彼は水中に潜りながら、ものすごく怖い顔で、あたしを睨みつけていた。
黒い髪は水の中でゆらゆらと揺れ、深い色をたたえた黒い瞳が、とても幻想的だった。
幾筋もの夏の光が、水中にキラキラと差し込んでいる。
とても綺麗な……天使が降臨したかのような光景だ。
水のなかで、青年は夏の日差しを背後に浴びて、燦然と輝いていた。
(あれ……この光景……どこかで……みたような?)
青年の鍛えられた手が水を勢いよくかき分け、ぐいと近づいてくる。
(この顔……どこかで……)
幼い私は、消えかける意識の中で、そんなことを思った。
(デジャブ……)
彼は手を伸ばし、背後から抱え込むようにしてあたしを抱きかかえる……。
そこで、あたしの視界は真っ暗になってしまった。
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爽やかな日差しが頬にあたる。
涼風が、長いまつげに優しくふれる。
まったりとした意識のなか、唐突に、ひとつの言葉が脳裏に浮かび上がる。
(やばい! 明日、朝イチで使う資料、印刷するの忘れた!)
焦りとともに勢いをつけて、あたしは起き上がる。
のんびりまったり寝ているヒマはない。
(ああ、今日もまた、朝ごはん食べそこねた。買ってた食パンって賞味期限いつまでだったかな……それより、牛乳がヤバいかも……)
(いやいや、そんなことよりも)
(早く準備をして、会社に行かなければ!)
(っていうか、一体、今は何時なの! 携帯のアラーム鳴った?)
小さなシングルベッドから起き上がると、まず目に入るのは、麗しの推しキャラが私に向かってウィンクをしている巨大タペストリー……ではなく、天蓋付きのベッドのカーテンだった。
「…………?」
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