第62話

side 梨衣子りいこ


朱音あかねちゃんが気を遣ってくれて修学旅行でゆうくんとふたりきりで思い出づくりをすることができている。

お寺を巡るよりはシカと遊びたかったのでゆうくんにどこへ行きたいかと尋ねられた時にその様にお願いしたらシカのいる公園に来てくれた。

やっぱりゆうくんは優しくて大好きだと再認識したし、そんなゆうくんを失望ささせた自分の行為を振り返ると仄暗い気持ちが湧いて出てくる。


京都のホテルへ戻らないといけない時間になってふたりで電車に乗っている。


「あのさ、ゆうくん。ちょっといいかな?」


「もちろん。なに?」


「ちゃんと謝らせて欲しいの。バレンタインのときに大井おおい先輩にチョコを渡してゆうくんの気持ちを試そうとしたこと」


「それはもういいよ・・・って言っても梨衣子は納得しないよね。

 僕にとってはそれはどうでも良くなった過去なんだ」


「えっ?」


「別に梨衣子のことがどうでも良くなったわけじゃなくて、その一連の出来事がね。

 人間は誰しも間違える時はあるし、時には魔が差して普段だったらしない様なことをしてしまうことだってある。

 僕と梨衣子の築き上げてきた関係は1回で粉々になるほど脆いものじゃないって思うんだ」


「じゃあ、許してくれるの?」


「許す許さないって話なら最初から許しているし、むしろ僕が梨衣子を避けたりして悪かったと思う。

 実際に塾へ通いはじめたのも、いくらかは梨衣子と距離を置きたくてという不純な動機もあるし・・・でも、これからはちゃんと梨衣子のことも避けないで前までのように付き合っていきたいと思ってる」


この時点で察した。ゆうくんはわたしのことを幼馴染みとして不変の関係に決めたんだ。言い方を変えればわたしと恋人関係になるつもりがない・・・1回の過ちで関係は壊れなかったけど歪んだんだ。正しく関係を積み重ねていけば拓けた可能性がある恋人関係への道は固く閉じてしまっている。ゆうくんの中では幼馴染みとして友人としては嫌いじゃないけど、恋人としては好きにならない相手になってしまった事を強く感じた。

この修学旅行が終わったら答えを言ってくれると言ったゆうくんの表情から『わたしにもまだチャンスがある』と勘違いして呑気にシカと遊んでしまったけど、そのことすら後悔してしまう。

ゆうくんに選ばれるのは恐らく朱音ちゃんか芽衣子めいこで、それも朱音ちゃんの方が可能性が高いように思う。ゆうくんのことだから2ヶ月以上待たせて3人共選ばない状態で結論を出すとは思えないから、誰も選ばないということはないと思うし、春休みに見た同じ塾の女の子とか他のを選ぶというのも違うと思う。ゆうくんはそういう人だから・・・わたしが好きなゆうくんはそういう人なんだ・・・


結局そこからは自分の中であれこれ考えはじめてしまい、ゆうくんとの話もおざなりになってしまって何を話していたのかも覚えていない・・・貴重な思い出づくりの時間だったのに・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る