第55話

side 陽希はるき


高校へ進学し、新しい環境に追い付くのが精いっぱいという状況で気が付いたら5月が終わろうとしていた。

たゆとのやりとりも学校が始まってからは減ってしまっていてLINEで教えてもらっている近況くらいしかたゆのことはわかっていない。そして、そのたゆは塾へ通い出したので空いている時間はあまり無いようで平日はおろか休日もタイミングを合わせづらくなってしまっていて、それこそ会いたいと思っていても全然その時間を作れずにいた。

そんなたゆから面と向かって相談したいことがあるとお願いをされて6月の最初の土曜日に会う約束をした。



「こんにちは、陽希さん。

 今日はお忙しいところ時間を作ってくださってありがとうございました」


「なに言っているの。私の時間は空いてるのにたゆが塾なんかで全然時間が空いてなかったんじゃない」


「すみません。たしかに僕のほうが忙しかったですね・・・」


「冗談よ。私だって高校生活に慣れるのに精いっぱいで余裕がなくって『最近やっと慣れてきたかな?』って感じなのよ」


「そうなんですね。顔を合わせたのは久し振りですけど、お元気そうで良かったです」


「おかしなものね。実際、幼稚園の時を除けば中学の卒業式の時とその後の春休みの2回しか直接顔を合わせていないのだから久し振りも何もないと思うけど、そういう風に言いたくなるくらいには気心が知れている感じよね」


「そうなんですよね。春休み中に通話していた時間が濃密だったのでずっと長い間付き合っていた友人の様な感覚になっていましたけど、時間で言えばそれほど多くのときを共にしていないのですよね」


「そうね。で、そんな共に過ごした時間がそれほど長くない私にどんな相談があるのかしら?」



場所を喫茶店に移してたゆと私のコーヒーが用意されたところで本題に入った。


「改めてすみません、僕のために時間を作ってもらって」


「それはいいよ。それより相談したいことってなんなのかしら?」


「はい・・・前に幼馴染み3人から告白されたという話をしたと思うのですけど、まだどうした良いのか全然わからなくて悩んでいて・・・」


「なるほどね・・・この話は学校の試験みたいに一つの正解がある問題じゃないからどんな選択をしても間違いということはないと思うけど、後悔をしたくないわよね・・・相手のたちの気持ちまで含めて」


努めて客観的にと思うものの気持ちが落ち着かなず、今はたゆのことだと気持ちを切り替えようと思うけど、冷静さを装うのが精いっぱい。


「はい、最終的には少なくとも二人の気持ちには沿えないですし、僕の気持ちもグチャグチャで恋する感情もわからないのです。

 バレンタインの前までなら梨衣子りいこのことが好きで迷いがなかったので、恐らく芽衣子めいこちゃんと朱音あかねさんには悪いと思っても決められたと思うのですが・・・」


「そうね、たゆの気持ちがはっきりしないなら、そのはっきりしない心境を告げてあげれば良いんじゃないかな?

 少なくとも何の進展もわからないよりは、まだ悩んでくれてるということを知れるだけでも待っている方は気が楽になるんじゃないかしら?」


「そうでしょうか・・・いや、そうですよね。

 少なくとも放って有耶無耶にしようとしていないことだけでも伝えた方が安心感がありますよね・・・

 でも、本当にそれで良いのかという思いも・・・結局答えを先延ばしにしても選ばない相手の時間を無駄にさせることになるし・・・」


「たしかに、待たされた挙げ句の結論が『やっぱり付き合いません』だと待たされた分だけつらさが大きくなるのはあるわよね。

 なら一旦白紙にして現状維持にする?

 それだって本当の意味での現状維持にはならないけど、変化は最小限になるでしょうね」


「色々考えてくださってありがとうございます。

 やっぱり待たせても駄目だし近い内に答えを出して前へ進もうと思います」


理由はわからないけど直感的にマズいと思った。


「あ、あのさっ。

 私もたゆの事は良いと思うよ。再会してからはそれほど交流がないけど、今まで男子に全く興味がなかったし、なんなら声を掛けてきたり視線を向けてくる男子なんかは子供っぽいって思ってた印象と全然違っててこうやって話してて楽しいし、たゆとなら付き合ってもいいかなって思うよ」


早口で捲し立てるように言葉が次々に出てきて、この咄嗟とっさに口から出た言葉で理解した・・・私はたゆのことを恋愛対象として見ていたのだと。


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。

 どうなるのかわからないですけど、もらったバトンを幼馴染み達へ渡して前へ進めようと思います」


「あっ、でもっ」


「陽希さん?

 どうかされましたか?」


「いや、なんでもないわ。頑張ってね。私で良かったらいつでも相談に乗るから」


さすがに今ここで私がたゆに想いを告げたところで唐突だし、長年関係を積み上げてきた初芝はつしばさん達にはかなわないだろうし、余計に悩ませ気を使わせてしまうことになってしまうからそれは本意ではないので見届けるしかない。


「本当にありがとうございます。

 その時は頼らせてもらいますね」


そう言って向けられる笑顔が素敵なのだけど、でも今はその笑顔がつらい。

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