第40話

side 陽希はるき


在校生の春休み期間に入っても、たゆは塾の春期講習に通うようになっていて、結局遊びに行けるような空いている日があまりないけど、元々会おうと約束をしていたので塾がない日に合わせて出掛けることにしてその当日になった。


「こんにちは、陽希さん。素敵な服装でよく似合っていますけど、そんな格好では運動に向かないのではないですか?」


「たゆ、褒めてくれてありがとう。

 たしかに運動に適さない服装ではあるけど、交際していないとは言え男女ふたりで会うデートなんだし、最初から運動着やジャージでは私の気持ちの座りが悪いから後で着替えるということで理解してもらえないかな?」


「そういうことですか。確かにデートと言えなくはないですし、ジャージ姿では味気ないですよね」


「言えなくはないも何も、男女ふたりで出掛けるならデートでしょう?」


「失礼しました。陽希さんの姿がうるわしくて照れてしまってました」


口調で誂っているのはわかるのだけど、誂いでも褒められると嬉しくなる。これまで何度となく容姿を賛辞する言葉を聞いてきたけど、こんなにも嬉しいと思ったのは初めてだ。

幼稚園の頃から私は性別については無頓着でだからこそ気があったたゆとよく遊んでいたし、小学校に上がってからも低学年の頃は男子と遊んでいることの方が多かった。

私の身体が早熟で高学年になった頃には美少女と言われるものになっていて、お母さんが喜ぶからというのもあって美しさに磨きをかけるようになっていたら男子の目が変わっていって、小学生ながらにを意識した目を向けてくるようになり、それに対して嫌悪感が湧いてくるようになって男子と距離を置くようになった。

幸い元の良さに加えて頑張った甲斐もあり学年で一番の美少女という声が出るほどになっていたので、それまで男子とばかり遊んでいたこともあまり触れられずに女子のグループに混ぜてもらえる様になっていたから孤立しないで済んでいたと言うのは別の話だけれど、それがあったから大井おおい君と付き合っているという嘘の噂話はあまり悪影響がなかった。

それでも中学でも男子から容姿を賛辞されることはあって何度となく耳に届いていたのにも関わらず嬉しいと思ったことはないので、たゆが特別なのだと思う。


じゃれ合いもそこそこに目的のフットサル練習場へ移動していよいよデートが始まった。


幸い他の人が少なくて広々と使えるのでリフティングなどボールを傍で蹴り続ける練習だけでなくドリブルやシュートなども見せてもらったし、パス練習もしてもらった。

正直サッカーは全然知識がないのでどのくらい上手うまいのかの程度を理解はできないけど、少なくとも下手だということはないように感じる。


「私はよくわからないけど、たゆはけっこう上手うまい選手なんじゃないの?」


「そんなことはないですよ。大井先輩みたいに全国へ引っ張っていけるほどの技術はないですし、何もしていない人よりちょっと上手じょうずな程度ですよ」


「そうは見えないけど、やっぱりひとりでやっててもよくわからないものね」


「それはしょうがないですよ。サッカーは常に相手との駆け引きがある競技ですし、リフティングが上手うまくても相手選手にボールを取られやすい選手もいます」


「そうなのね。そういう意味ではたゆがチームで活躍するところを見たかったわね」


「はは、それは・・・」


「ごめんなさい。たゆは何も悪くないのに・・・むしろ彼が増長する原因を作ってた私のほうが悪いくらいよね」


「陽希さんは悪くないですよ。あくまで大井おおい先輩がやったことで、陽希さんは何もしていません。

 そんな大井先輩に頼っていたサッカー部が連帯責任で活動できなくなったのも必然ですよ。気に病まないでください」


やっぱりたゆは優しい。一部のサッカー部の部員からは恨まれているという話を又聞きしているし、それに異論はない。

因果関係で言えば私という隠れ蓑がいたから大井君に寄ってくる女子との中学生らしからぬ関係が表沙汰にならずに繰り返され、それによって大井君は中学生が性交することへの罪悪感がなくなっていき、最後の最後で抱え込んでいた爆弾が爆発したと言える。

聡いたゆが気付かないはずはないし、ましてやたゆは初芝はつしばさんと付き合っていたという噂話まであったくらいの親しい幼馴染みが巻き込まれている・・・今まで話題を避けてきていたけど、初芝さんとの関係についても悪化しているだろうし、聞いてみたくもある。

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