第33話

side 陽希はるき


学校にはまだここ1ヶ月の騒動の余韻が残る中、卒業式は粛々と行われ私達の学年は卒業した。

大井おおい君を中心とした醜聞の影響でまだ進路が未定の人や既に進学できないことが決まってしまっている人がいるけれどそれらは自業自得だと思う。

私も大井君に巻き込まれかけはしたものの、初芝はつしばさんと付き合うからと私との関係はなかったと言い回ってくれていたお陰で先生とは確認のための短い時間の面談1回だけで済んでいる。

最初から何もなかったのだから当然なのだけど、噂を放置していたことの後始末を思えばどうということはなかった。



「お母さん、おまたせ」


「陽希、卒業おめでとう。

 そう言えば、さっき幼稚園で仲が良かった『たゆ』君を見掛けたわ。

 同じ中学校だったのね」


「え?『たゆ』ってうちの学校だったの!?」


「あら、知らなかったの?

 『たゆ』君、ずいぶんとカッコよくなってて、お母さんびっくりしちゃったわよ」


中学校生活最後のホームルームが終わってから、卒業式に参列してくれていて一緒にお昼ごはんを食べに行こうと待ち合わせをしていて合流したお母さんから思わぬ名前を聞かされた。

『たゆ』とは幼稚園の時に仲が良く自由時間にはよく一緒に遊んだ1個下の男の子で、お互い『たゆ』『はるき』と呼びあっていた。

当時の私は本名とか気にせず他の園児に『たゆ』君と呼ばれていたので『たゆ』が名前だと思っていたけど、後になって考えれば名前らしくない。

そして、新しい小学校の日々を送るにつれ本名を知らないままいつの間にか記憶の隅へと追いやっていて、今お母さんに言われるまで何年も忘れていた。

同じ中学に通っていたのならちゃんと話をしたかったと思うけど、私はこれから学校を去るのだし、おそらくもう会うことはないだろう。


「あっ!『たゆ』君、こっちこっち」


そう思っていたらお母さんが『たゆ』を見つけ声を掛け呼んだ。

呼ばれて近付いてきたのはサッカー部で大井君が引退した後にチームを引っ張っていたと言われている松下まつした君という2年生で私も名前と顔だけは知っていた。

そうだと思って見たら『たゆ』の面影があるし、松下君が『たゆ』で間違いないのだろう。


「ご無沙汰しています。『はるき』君のお母さんですよね?

 ここにいらっしゃると言うことは『はるき』君もうちの中学だったのですね。気付かなかったです。

 これから『はるき』君と待ち合わせですか?」


どうやら松下君が『たゆ』で私のことは男だと思っていたらしく、すぐ隣りにいる私が『はるき』だとは気付いていないようだ。


「松下君、私が『はるき』だ」


「ええ?

 岩崎いわさき先輩が!?」


「ああ、フルネームでは知らなかったかな?

 私の名前は岩崎陽希だよ」


「そうだったのですか・・・すみません。『はるき』は男だと思い込んでいたので気付きませんでした」


「まぁ、それを言ったら私も気付かなかったのだから強く言えないな・・・『たゆ』は、名前は何と言うんだ?」


「松下優斗ゆうとです。幼稚園の頃は『まつした』の『た』と『ゆうと』の『ゆ』を取って『たゆ』と呼ばれてました」


幼き日の見た目からして朗らかだった男の子『たゆ』と今の精悍なスポーツマンの松下君ではイメージが重ならないけど、話してみればその雰囲気は幼稚園の頃と通じるものがあり旧知の仲なのに改めて一目惚れした。


その後はお母さんを少し待たせることになったけど、連絡先を交換し近い内にちゃんと会うという約束を取り付ける事ができた。まさか卒業式の日に出会いがあるなんて思いもしなかったけど、優しい雰囲気はそのままでカッコよくなった『たゆ』と再会できたのは僥倖だ。


しかし、『たゆ』と再会してからのお母さんはニヤニヤし続け『小学生の頃からずっと仏頂面だったのに、そんな甘々な顔になるなんて驚いたわ』と冷やかされたのはとても遺憾だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る