第132話 まさかの幕引き
数千という兵がひしめく陣の中を突破し、躍り出た前線は完全な膠着状態となっていた。
こちらの騎馬隊が徳川方の前衛と切り結んではいるが、2人の屈強な将を中心として戦う敵の士気は高く、前線を突破できないでいる。そして徳川方から時折放たれる鉄砲が両軍の足を止めさせ、膠着状態に拍車をかけていた。
騎馬隊の後ろに控えるこちらの弓隊も徳川の鉄砲兵を狙って射かけてはいるのだが、鉄砲や火薬を濡らさないための雨凌ぎ兼防壁になっている馬鹿でかい戸板みたいな大盾を持った兵がペアになっているらしく、ソイツに阻まれてこちらの矢はことごとく当たらない。
得物が鉄砲と両手盾ならば近付いてしまえば無力化できるかと思うのだが、それも防ぐために彼らの周囲に配置された長槍兵の壁は分厚く、なかなか抜くこともできない。敵ながら、よく考えられた策を用いてきたものだと思う。
「これだけ手傷を負わせても抜かせてはくれねぇか。さすが天下の徳川が誇る化け物だぜ」
「うおおおおおっ! これしきの傷ッ! 俺が不死身の榊原だ!!」
徳川方の屈強な騎馬武者の一人・
「フン、まさかここまで隙が無い奴が居るとはな。こんなに苦戦するのは久々だぜ」
「当たり前だ。この【無敵】の本多平八郎忠勝、これまで幾度もの死線をくぐってきたが、かすり傷1つ負ったことはない!」
そしてもう一人の屈強な騎馬武者・
そして数分おきの間隔で飛んでくる鉄砲の弾にバタバタと倒れる味方の騎馬兵たち。鉄砲の数自体は多くないのでそこまでの脅威にはならないがそれでも、長期戦となるとじわじわとこちらの被害が増えてくる。敵味方とも、疲弊したり負傷した兵を下がらせて回復した兵と交代させて戦っているのだが、少しずつ数的不利になってきている状況だ。
加えて警戒するなら敵方には前線で戦う本多と榊原の他にも【徳川四天王】と呼ばれる
せめて前線で相手を圧倒できるカンパチのような猛将か、戦局を大きく覆せる策を思い付ける軍師が居れば。それか徳川のように雨でも重火器を使えるように保てていたなら。そうは考えてみるものの、真田昌幸は飛騨の抑えに置いてきたし、こちらの鉄砲も手持ち筒もすでに雨で使えなくなっている。
もしくは俺が飛び出して、家康を討つための決定的な隙が作れるなら……とも考えたが、無駄死にを選ぶような一手でしかない。今の、俺の実力では。
「どうしたかね、はま寿四郎とやら。こんな小競り合いをいつまでも続けていてもワシは倒せんぞ」
「くっ!!」
「さて、そろそろであるか」
余裕の笑みを浮かべる狸親父を前に、下唇を嚙み締めたその時だった。
「ご報告です! 松尾山付近にて逃亡中だった
「なんだと!? そんなハズがあるか!」
報告に現れた風魔党の忍び装束からの報告が一瞬、信じられずに胸ぐらを掴んで怒鳴り声をあげてしまうが、それを見た家康は勝ち誇った豪快な笑い声とともに言い放つ。
「狙い通り上手くいったようじゃな。『
つまり俺たちは全員まとめて、まんまとコイツの策に嵌められたって事か。思わず膝から崩れ落ちそうになる。
「更には北より
「このままでは孤立したこの場にも織田軍が押し寄せ、挟み撃ちに遭うは必至です! どうか今のうちに退却を」
そこに追い打ちをかけるような悪い知らせが続く。相手が家康の隊だけでもこの膠着状態だというのに、ここで更に後方から秀吉の部隊にでも挟まれたりしたら壊滅間違いなしだ。でもだからと言って前にも後ろにも逃げ道はない。
これが戦国乱世を最後まで生き延びて勝ち抜いた徳川家康という英傑と、俺の差なのか。絶望感に打ちひしがれそうになるが、だからと言ってむざむざと全滅を選ぶわけにもいかない。ここからどうすれば……
「父上、あれを!」
「!? 味方の軍、か?」
うなだれた俺の後ろまで来ていた寿輝の指差した前方・左側を見ると、斜面を駆け下って来た兵たちが徳川軍の真横に突っ込んでいくのが見えた。それと同時に鳴り響く甲高い鉄砲の音と、数百の矢の雨に徳川隊がバタバタと倒れていく。
「無事であったか!? ここより桃配山を駆け上がり岐阜までの退却を助けるため、お味方いたす」
その隊を率いていると思われる中年の将はそう告げると、俺たちへ兵が駆け下って来た斜面の方を指し示した。隊を示す旗差し物もない上、目と口元以外を覆い隠す面頬を付けているため男の素性は全く分からないが、この場で全滅を待つよりはこの男を信じて逃げる方がまだマシだと一瞬で判断を下す。
「恩にきります! 全軍、桃配山方面へ退却!!」
俺の声とともに全軍が退却準備へと移行する。サバに背中側を預けながら俺たちも斜面を駆け上がり始めた。
「ぐぬぬぬ、貴様! このような所業、上様がお許しになるとお思いか!?」
「上様? はて、何のことですかな」
「しらばっくれおって、この腹黒タヌキめがっ!」
斜面の下から地団太踏んで中年男を糾弾する家康と、涼しい口調で応える男。体格見てもどっちがタヌキ親父かは言うまでも無いんだが、なんだその特大ブーメランは!?
その間にも家康たちに鉄砲と矢が射かけられ、追撃を試みる徳川兵と距離が開く。
出来る事ならばこの状況を利用してあの憎き徳川家康の首だけでも獲れたなら、と躊躇しているとそれを見透かしたように仮面の中年が告げる。
「自らの命に代えてでもあの家康を討ちたいか? だが今はその時ではない。力を蓄え出直すのだ……今は、まだ」
俺は歯噛みするような思いでただ無言で頷き、戦場を後にした。おとなしく従ったのはその声に何故か、俺と同じ悔しさを含んでいるような気がしたからだ。
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お読みいただきありがとうございます。
これにて関ヶ原編、本編終了となります。
主人公が局地戦しかしてないので大軍を動かしての戦いの方は
氏政スピンオフ編で描かせていただきます(現在執筆中)
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