閑話 ぷろふぇっしょなる 大名の流儀 ~氏政の関ヶ原 前編~
今回のお話は本編128話~129話での氏政視点のお話となります。
寿四郎が登場する辺りまでは橋本さとしさん(本家某番組のナレーション)の声に
脳内変換してお読みくださると幸いです。
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戦国大名の朝は早い。それが戦の陣中ともなれば尚更だ。
「まぁの、大将が『起き抜けで頭が回ってない』などとは口が裂けても言えぬからの」
誰に説明するでもなくそう呟くと、いつも通りのアレを手にする。今回の戦陣に持ち込んだのは、桃だ。
朝の果物は金、とは誰の言葉かは知らないが実際、起き抜けに果物を口にすると全身に瑞々しさが行き渡り、頭も身体も冴えてくる気がする。一度それを体験してから、朝はいつも果物と決めていた。
「おはようございます、殿」
「うむ、ご苦労じゃの。貴様も桃を食え」
まずは本陣周辺を回り、夜襲に備えて寝ずの警備をしていた者や敵陣偵察から帰って来た者たちに桃を配る。大将として目下の者への心遣いを忘れないのは当然、大切な事だ。
そうして本陣の真ん中の席に着き、付近の地図に目を通す。空は暗く、まだ夜明けまでには時間がある。
「この『関ヶ原』なる地の利と敵の布陣、夜のうちにまとめておきました。敵の陣容は随時戻って来たものよりご報告を」
「うむ。小太郎、天気の方はどうじゃ」
「今は降っておりませぬが、星も見えず湿った匂いがしますゆえ、もうすぐ降って来るかと」
「ふむ。ならば鉄砲は使えんか。貴様も桃、食うか?」
「……ありがたく戴いておきます」
このヌラリと現れた男は
しばらくの間、関ヶ原という戦場になるであろう土地の地図を睨んでいると2人の男が続々と部屋へ入ってくる。【
「ここに
「コレ、正面から相手にするっちゃあ相当厳しいぜ。俺が完全に日が昇る前に敵陣掻き回してくるか?」
「いえ。この笹尾山・松尾山にも織田は布陣しておりましょう。全体の陣容が見えてから動くが良いかと」
智略の氏照と武勇の氏繁。この2人がいる限り、動かす兵が5万になろうと10万になろうと、北条軍の結束は揺るがないだろう。加えて水軍総大将として存在感を増しつつある
関東の覇者と呼ばれ、英傑として名を遺す父・北条氏康に比べて自分が劣っているなんて事はずっと前から分かっていた。だがその分、自分には出来過ぎた兄弟達が居る。自分は彼らが一枚岩となって北条家を動かしていく為の【旗印】のようなものになれば良いのだと、いつからか思うようになっていた。
「ふむ、そろそろ寿四郎も起こしてくるか」
ワシが立ち上がろうとするのと、義弟である寿四郎がすごい剣幕で部屋に入ってくるのはほぼ一緒だった。
「
「我らが揃った頃合いを見て声を掛けようと思っておったところよ。そなたも桃、食うか?」
しかし奴は差し出した桃に目もくれず、ちゃんと将軍が寝ているのを確認したのかと叫んで義輝さまの寝所へ向かう。まったく、何をそんな起き抜けに寝ぼけたことを……と言いかけたこちらが寝惚けていたのかと錯覚するほどその声は必死さに満ちていた。そこにワシらも幾つかの可能性に気付いてハッとする。
義輝将軍が弟を心配して逸る気持ちに、罠を仕掛けられていたら?
いや、風魔衆も居たし警備は万全だったはずだ! というワシの願いも空しく嫌な予感は当たり、義輝将軍は寝所には居なかった。小姓を締め上げて吐かせた話では、近習から
「氏政、俺はこのまま南側へ向かう!」
「心得た! そなたらの軍もワシに任せろ!」
即座に状況を判断して兵を集める時間も置くことなく将軍を追いかける寿四郎。駿河のいち国衆から駿河国主、今では旧武田領も含む三国を束ねる大名となってもその動きの速さは変わらない。その姿を羨ましく思った事もあったが今は違う。ワシはワシで、出来る事をやるだけだ。
「即刻、将たる者を本陣に集めよ。小太郎はおるか?」
「はっ。こちらに」
「風魔の手の者に今の段階で集まっている情報をすぐにまとめて報告せよ。4半刻(約30分)後に
ワシの下知に周りの者たちは急ぎ足どころか駆け足で方々に散っていく。ワシも本陣にすぐさま戻り、3つ目の桃にかぶり付きながら頭を全力で回転させ、関ヶ原での戦いを脳内で展開する。
大軍を指揮する大名ともなれば1つの判断の間違い、1つの情報の見落としが数万の兵を失う事にも繋がるのだ。時折やって来る風魔の者からの報を受けて兵の動かし方を少しずつ軌道修正し、現時点では万全と思える戦場の絵図が脳内に描けた頃。
「兄上、諸将集まりました」
「よし、評定を始める!」
地図から顔を離し、一同の顔を見回す。今回初めて戦う織田信長の軍勢は【戦鬼】と呼ばれる
ワシ自慢の両腕・氏繁と氏照に加え、鬼孫太郎と呼ばれる
共に戦う長尾家に目を向ければ、若いながらも【毘沙門天】
「関ヶ原に布陣するは池田恒興・丹羽長秀ら織田軍が主力1万2千余りと聞いておる。じゃが、まだ奴らはこの地に昨夜到着したばかりで馬防策などもまだ備え切っておらんじゃろう。そこを叩く! 先陣は【黄金八幡】北条氏繁に【青備え】富永政家! 主力1万5千を持って踏みつぶせ。【黒備え】多目元忠どのと【赤備え】
先駆けの陣容に他の将たちから歓声が上がる。
「氏繫どのと政家どのは代替わりしたとはいえ、ここに【白備え】
「おうよ、老いたとはいえこのような大戦を前にすれば昔の血が滾ってくるわい」
50、60を過ぎた爺様たちに昔と同じ活躍は期待しないが、居る事で軍全体の士気が上がるなら利用しない手はない。やはりワシの代でも再現したいのう、五色備え。
「先陣が戦に入れば自ずと天満山で信長を守る前田利家隊・滝川一益隊も関ヶ原に降りてきて混戦となろう。そこを狙って氏照! そなたが内藤綱秀、松田康郷らを連れ7千を率い、統率の乱れた所から突き崩すのだ」
「はっ」
「長尾景信どのら越後勢には北の笹尾山から向かってくる
「承知! もちろんそれに留まらない活躍を見せてやりますよ!」
不遜ともいえるぐらいの自信満々な態度で応える
「そしてワシは……」
氏照に続いて機を見て本隊5千で山を駆け下り、混戦に蹴りを付ける! と言おうとしたところで風魔小太郎が耳打ちした情報を聞き、咄嗟に発言を変えた。
「5千を率いすぐさま南へ向かう! 事態は急を要するゆえ、本陣は氏照に任せるぞい! 以上じゃ」
それは小太郎から「南に将軍様の姿と、信長と思しき猛者の姿在り」と知らされたからだ。
(後編へ続く)
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