第131話 死にかけた側は忘れなくても、追い込んだ側は覚えていないのな

関ヶ原編・いよいよクライマックス!


信長・秀吉ときたらまあ、アイツですね(ネタバレ)

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 信長救出のために現れた秀吉率いる部隊に、北条勢が衝突していくのを見届けながら少しずつ後方へと後退する。東軍の本陣・桃配山の南側。南東の尾張方面へと続く街道の途中でようやく、見慣れた濃紺に白字で『は』と書かれた旗印を発見して駆け寄っていく。


「父上!」

「殿! よくぞご無事で」


 息子の寿輝ひさてるや軍監に迎え入れられ、新たな甲冑と馬を用意してもらう。態勢を立て直しながら聞いた戦況報告によると、霧が薄くなってきたところで景信率いる長尾家の部隊と猛将・北条氏繁の部隊が先んじて関ヶ原の平地に柵を組んでいた織田家・池田恒興いけだつねおき佐々成政ささなりまさの部隊を襲撃。関ヶ原を見下ろす笹尾山・天満山に陣取っていた他の織田諸将もそれに気付いて一斉に下山し現在、関ヶ原の中央辺りで両軍入り乱れての混戦となっているらしい。

 

 今は兵力的にもこちらが押しているらしいが、敵大将である織田信長が本陣に復帰するのと、こちらの名目上は大将である足利義輝の不在が知れれば士気も含めてどう傾くか分からない。その上、南側の尾張方面からこちらに近付いている所属不明の一団もあるそうで、それが織田方の援軍である可能性は極めて高いのだという。


 

「俺たちの役割はその一団を織田軍と合流させないって事か」

「海方面からの北条水軍・遠江朝比奈とおとおみあさひな軍は三河を制圧し、尾張に向かってきているとの報告もありますが……そちらへの対応を蹴ってまで進軍してきている意図も分かりませんからな」


 確かに軍監の言う通り、織田家の兵力であれば本拠地・尾張を防衛する方向に戦力を割くのが優先のような気がする。ただ京周辺の領土防衛を放棄してここに全戦力投入してきているあたり『所領あっての織田家』ではなく『織田信長という英雄あっての織田家』と考えるのが織田家むこうの考え方なのかもしれない。


「ともあれ、もう少し近づいてきて相手の詳細がわかるまでは無駄に動くことも出来ないだろう。ひとまずは敵であることを想定しながら、ここで迎え撃つ準備をするしかない」


 俺の言葉に従って次々と桃配山本陣から下山してきた兵たちが南東方向に対するように陣形を組んでいく。そうして物見を飛ばしながら街道沿いで敵を待つ事約4半刻(30分)遭遇した勢力の旗印を確認して俺は絶句しそうになった。

 

 

 時代劇でカッカッカと豪快に笑う爺ちゃんが出す印籠に描かれているのと同じ、三つ葉葵の御紋。つまり……徳川家の旗印。そしてその旗の下で立派な鎧を付けて大軍を率いてきた、貫禄のある小太りの男が言う。


 

「ほう、わざわざ関ヶ原手前でお出迎えとは、よほどワシを警戒していると見える。戦場にて相見えるのは初めてであるな。駿河殿」


 槍や弓を構えた俺たちの前に悠然と馬を進めながらそう言い放つのは宿敵・徳川家康。曳馬ひくま城の戦いで絶体絶命の俺に銃を向け、最初の正室である小春を殺した憎き仇。だが向こうはそんな事は全く覚えていないようだ。


 アレか。現代で言ういじめと一緒で、追い詰められた側は恨みを忘れていなくても、追い込んだ側は全く覚えていない、というヤツか。怒りで槍を持つ手が震えだした。


「いや、貴様とは昔会ったことがある筈だ。貴様が狩りでもするように配下に向けさせた銃で、俺を庇って殺された女が居た事を覚えているか?」


 怒りを嚙み殺して槍先を向けながら問い質す。俺の言葉に小春の子である寿輝がハッとした表情を見せた。


「……おぉ、思い出したぞ! 曳馬城で家臣やくノ一を盾にして無様に逃げた情けないあの男か。それがよもや駿河だけでなく甲斐まで掠め取って成り上がろうとは。世の中は分からぬものだ」

「……お前が母の仇か!! 絶対に許さんぞ!!」

「待て、寿輝! 怒りに逸るな!」


 母譲りの端正な顔を歪めて怒りを露わにする寿輝の前を手で制する。雨で鉄砲は使えないものと仮定しても、セコい腹グロ狸・家康の事だ。どんな隠し玉を用意しているか分からない以上、怒りに任せて突っ込んだら思うツボだろう。だがこちらの反応に対して、奴はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてさらに焚きつけてきた。

 

「ほほう、あのくノ一はお前の室であったか。成り上がり物だけに室まで下賤の出とは……やはり武士として相応しい者ではないな。駿河はワシが貰ってやるゆえ、ここで死ぬがよい」

「ッ!! 母では足りず父までも! ここで死ぬのは貴様だ家康っ!!」

「寿輝ッ!」


 度重なる侮辱に耐えかねて俺の腕を振り払い、寿輝が家康に向かって一直線に突撃していく。一瞬遅れて俺や他の家臣たちも同じ方向へ馬を駆るが、初動の差はどうやっても埋まらない。必死で追う寿輝の後ろ姿の向こうで口元に笑みを浮かべた家康が軍配を挙げ、そして_____



 発砲音パァンッ!!!



 数十丁の銃が一斉に発砲される甲高い金属音に続いて、一人の騎馬武者が跳ね飛ばされるように馬から転げ落ちた。



 寿輝の、目の前で。



「勘八郎……どの?」

「カンパチぃーーーー!!」


 怒りに我を忘れた剣の弟子寿輝を止めに入るためか、それとも自分が怒りに身を任せての行動だったのかは分からないが、寿輝の進路上に立ちふさがった彼が代わりに、数十発の弾丸を受けたのだ。飛んできた矢を切り払えるレベルの達人であってもさすがに銃弾は防ぎきれなかったようで、彼の身体から幾筋もの血が流れているのがわかる。


「若君……無事でなにより。いいですか……戦場において怒りに任せて我を失えば、それは死に繋がる行為だと……覚えておいてくだされ」


 駆け寄った俺と寿輝にそんな言葉を残して息も絶え絶えになるカンパチ。


 いや、ちょっと待て!? お前が今ここでそれを言う!? と滅茶苦茶ツッコミを入れたかったが、周りでは鉄砲の弾を受けることのなかった歳三やサバが騎馬で徳川方と切り結び、すでに合戦が展開されている。ここは下がる方が最優先だ。


「寿輝、とにかく下がるぞ!」

「父上……私は、私はっ!!」

「後悔は後で良い! ここでお前が死んだらそれこそ勘八郎コイツが無駄死にになるだろうが!」


 力なく呆然とする息子の腕を無理やり引っ張って騎馬隊の後ろに下がらせた。


「軍監、下手な事しないように見張っといてくれ」

「承知仕りました。殿もどうかお気を付けて」


 新しい馬に乗り換えて戦線の前へと戻る。徳川家康、やはりコイツは絶対に許すわけにはいかない!!


 

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お読みいただきありがとうございます。

関ヶ原編〈本編〉次にて終了なのですが

まだ終わらせ方を迷っています。

明日の夕方か明後日の朝にUP予定です。

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