第129話 魔王との2度目の邂逅

 先ほどまでの霧雨がしとしとした小雨に代わった関ヶ原のはずれ、尾張へと抜ける街道沿いの平地。


 そこに真っ黒な西洋外套コートを身にまとい禍々しい雰囲気オーラを放った、その男は佇んでいた。


 第六天魔王・信長。織田軍の総大将で、関ヶ原に詰め寄せた敵方の一番奥に控えているはずの男。そんな奴が何故こんなところまで!? と疑問に思いつつも、具足の擦れる音が立たないように注意深く距離を詰める。


 

 信長の後ろ姿の先、対峙する奥には一人の騎馬武者が肩で息をしながら刀を構えていた。一目で分かる豪華そうな甲冑の感じから察するに恐らく、義輝将軍だろう。それを数騎の騎馬武者が槍を向けながら囲んでいるが斬りかかろうとしている雰囲気はない。


 恐らく、余興でも楽しむように敢えて一騎打ちに持ち込んでいるのだろう。小谷城で浅井長政を討ち取った時のように。


 

「どうした、天下に聞こえる【剣豪将軍】とはそんなものか!? それとも刀集めが趣味なだけのお飾りか?」

「……くっ、ぬおおおおおおおッ!!」


 挑発を受けた義輝が馬を掛けさせ、渾身の力を込めてすれ違いざまに斬り付ける! 並の騎馬武者であれば討ち取れていたに違いない見事な一閃だったが、それは信長の胴に決まる寸前で凄まじい音を立てて弾き返された。


「ほう。まさか俺の【へし切り】を曲げるとはな。面白い! 次は長船長光で相手をしてやろう」


 信長が捻じ曲がった刀を投げ捨てると周りの騎馬武者が駆け寄り、新たな太刀を差し出した。それに対して義輝は替えが無いのか折れた刀を握りしめている。


 

「くっそ、行くしかねえっ!」


 このままだと義輝将軍が殺される、と直感した俺はぬかるむ地面を踏みしめ、低い姿勢で信長に向かっていった。義輝に向かっていく信長の騎馬に走り込んだ勢いのまま斬り上げを放つ。


 剣戟音ッギィィィィンッ!!!


 俺の渾身の一撃はこちらに気付いて即座に向きを変えた信長の刀に阻まれる。だがそのおかげで窮地の義輝に刃が向けられるのは逸らせたから、取りあえずは狙い通りだ。


「寿四郎どの!!」

「貴様はたしか……小谷城で長政と共に居った、無様に逃げて行った男だな」


 信長は俺の名からか、その時の事を思い出すと殺気に満ちた鬼の形相をこちらに向けた。『自分に牙を向けた者を絶対に許すことは無い』といわれている男だけあって、その殺気だけでも小便チビりそうになるがそれを堪え、こちらもキッと睨みつけ返す。


「この俺の顔に泥を塗った罪、そして俺の刀を刃毀れさせた罪。貴様はすでに2度も死に値する罪を重ねたな」


 手にしていた刀を投げ捨て、手下に新たな太刀を差し出させると切っ先を俺の顔に向ける。ただ、その代わりに義輝将軍に対することを確認し、俺は叫んだ。

 

 

 「義輝将軍、逃げてください! ここは俺たちが食い止めます!」


 その言葉に反応して義輝が馬を駆ろうとすると、信長の手下たちは槍を向け囲みに掛かる。だが一足早く、俺の後方から長槍を持った武者たちが走り込み、義輝将軍を守るように展開。そのまま膠着状態の隙を抜け、義輝は包囲を抜けて霧の中へと消えていった。これで第一目的は完了ミッションクリアだ。あとは……


 

「……貴様、俺の獲物を勝手に逃がすとは。もはや楽には死なさん! その四肢を切り刻み、3度死しても足りないぐらいの苦痛の中で息絶えるがいい!!」

「そっちこそ、どの時代に生まれようが貴様のような男は人類の為に生きててはいけない存在だ。殺されようともここで俺が、いや、俺たちで貴様の息の根を止める!」


 正直こんな【戦国乱世・最凶の厄災】と呼んでも間違いないような化け物じみたヤツに勝てる算段は全く無い。それでも、俺が差し違えても他の奴が手負いになったこの男を倒してくれるなら、それが最善策だ。


 そりゃ確かに死ぬのは怖いけど、今回の戦いは俺が負ければ終わりなワケではない。景信もいるし、頼りないけど氏政もいる。それぞれの家臣たちにも猛者は何人も居る。その誰かが、この魔王を倒せれば。それで良い。


 覚悟を決めて愛刀・村正を構え、斬り掛かってくる信長の太刀筋に目を凝らした。



 しかしその時、俺が反撃に出ようとするより一呼吸早く、誰かの刀の切っ先が俺の視線の真横を通過するのを見て動きを止める。


 その一撃は信長の太刀筋を絡め取るように巻き上げ、続けざまに放たれた一撃が信長の脇腹スレスレを通り抜ける! その状態からさらに放たれた連撃は信長の向う脛を薄く裂き、馬の胴に深々と突き刺さった。


 深手を負った馬は悲鳴に似た嘶きをあげながら後ろ足で立ち上がり、我を忘れて主を振り落としにかかる。これで信長が落馬してトドメの一撃を食らわす隙が生まれてくれればと願ったが、奴は驚異的なバランスで馬から飛び降り、ダメージなど全く感じさせない様子で地面へと降り立った。


「へっ、まさか俺の【神速三段】を切り抜けるとはな。隊士の中でも不逞ふてい浪士でも中々いないぜ!」


 そう言って俺の横に並び立つのはザンバラ髪のヤクザ風男。ちょっと待て、隊士とか浪士とかお前は何の話してるんだ!?


「貴様、斎藤利三さいとうとしみつか。稲葉を裏切り今度は明智を出て、まさか俺に牙を向けるとはな」

「冥途の土産に教えてやろう! 俺の本当の名は土方歳三ひじかたとしぞう!! 新選組【鬼の副長】と呼ばれた男だ!!」



 えええええっ!!! いや確かに利三って「としぞう」って読むのかなって思ったけれどもっ!


 ザンバラ髪に鉢金巻いて羽織って確かに新選組?って格好はしてたけれどもっ!!


 まさか俺と一緒で、幕末から戦国時代に転生してきました~、って事なの?? あ、俺の転生元は現代だけど。



「戦国の世に転生しちまったからには強ぇ奴と戦いたいと思っちゃいたが、まさかの魔王退治とはな」

「ほう。世迷言かは分からぬが貴様の言を信用するなら、後世にもこの魔王信長・最強の覇王として名が残っておるとは。実に愉快!」


 口元に笑みを浮かべながらも、お互い禍々しい殺気を放って刀を構えて向き合う二人。織田信長 VS 土方歳三とか付いていけるスケールじゃねえし、滅茶苦茶すぎるよもう。


 

 そんな目で追いかけるのがやっと、ってレベルのとんでもない速さと鋭さの剣技が飛び交う中、俺は遠くから微かに聞き覚えのある呼び声がするのを聞いていた。


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お読みいただきありがとうございます。

たまには今回登場した刀解説~♪


へし切り長谷部……織田信長の愛刀として有名な、長谷部国重によって作られた打刀。その昔、無礼を働いて膳棚に隠れた茶坊主を棚ごと斬ったことから「圧し切り」と呼ばれたらしい(諸説あり)


長船長光……鎌倉時代後期の備前・長船派の名工・長光作の太刀。史実では織田信長から明智光秀の手へと渡っているが今作中ではその前にあたる(多分)


村正……伊勢国桑名で活躍した刀工・千子村正作の打刀。その切れ味は凄絶無比と称され、 徳川家の人間の死や負傷にかかわった凶器が、ことごとく村正の刀剣だったことから「妖刀村正」と恐れられる。今作では主人公・寿四郎が【徳川キラー】として復讐のために愛刀としている。


和泉守兼定……美濃国関で活動した刀匠・和泉守兼定作の打刀。土方歳三が愛刀として生涯使い続けたことが有名だが、実は息子で分家である会津兼定であって和泉守ではないらしい。


ついつい長くなってしまいましたが、にわか知識ですw


 

 

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