第127話 ガチ魔王みたいな奴が魔王を自称しても笑えない件

 天正3年(1575年)9月。

 

 岐阜城での戦後処理を終え西へと進軍を始める俺たちの元へ、織田軍も岐阜城を奪還した俺たちの西上を止めるために完成したばかりの近江・安土城あづちじょうに集結、こちらに全軍で向かってきているとの報があった。


 その数、約2万。尾張に残っている兵力1万と北陸・越前攻めの兵力1万5千を除けば京周辺の近江おうみ山城やましろ伊勢いせで信長が動かせる兵力のほとんどが結集しているのだという。京の都は焼き払ったとはいえ、その周辺の平らげた領地は他から攻められないために守備を置くのが定石なはずだが、そういった事は全く無視して全軍で向かってきているらしい。


 

 それに対して俺ら北条・はま・長尾連合軍は3万5千。甲斐を出発した段階では5万だったが美濃・飛騨にそれぞれ守りの兵を置いたのもあってこの数だ。


 それでも織田軍に比べたら倍近い兵力を持っているのだが、桶狭間の戦いを皮切りに織田軍はこれまで何度も兵力の不利をひっくり返す戦績を挙げているので全く油断はできない。小谷城で対峙した柴田勝家しばたかついえとか信長は鬼か魔王かって強さだったもんな。


 

 大垣おおがき城から西へ向かうと段々と平野部が狭くなり、両側に深い森が迫ってくる。案内を頼んでいる地元の者の話では、ここをしばらく進んで西へ抜けると琵琶湖のほとりへと抜ける東山道と、敦賀へ向かう北国街道の交わるところが開けた平野になっていて『関ヶ原』と呼ばれるのだそうだ。


 うん? 関ケ原、っていうと確か徳川家康と石田三成が東西に分かれて戦ったトコだよな? ってまだこの歴史では、ずいぶん先に起こる史実だけど。アレが西暦で1600年ちょうどだから、25年後ってことか?


「ふむ、我らはここに陣を構えるとしましょう。おそらく信長勢もそろそろ迫ってきているはず」


 岐阜城を出てから数刻(2、3時間)おきに偵察を送っていた氏政うじまさが義輝にそう伝え、全軍に陣張りの指示を飛ばす。恐らく明日には、この先の関ヶ原で信長軍と対峙することになるんだろう。そう思うと背筋に震えが走る。



「まさかあの織田信長と戦場で対峙することになるなんてなぁ! 緊張してきた~ッ」


 部下たちに陣張りの指示を飛ばしているとウキウキした表情で景信かげのぶが話しかけてくる。その感じは『これから命の獲り合いに参加する』というより、完全にアトラクションを待っている少年のソレだ。ちょっとその態度にイラっと来たので無視して指示出しを続行していると、さらに小声で話しかけてくる。


「兄貴……じゃなかった兄者は確か、信長と対峙したことがあったんだろ? どんな感じだった? やっぱ野望シリーズに出てくるみたいなオーラだったん?」


 その言葉に一瞬、燃え盛る小谷城から脱出するとき敵味方構わず切り伏せて追いかけてきた信長の姿が脳裏に浮かぶ。戦国に転生して何度か「これはもう死んだかもしれん」って修羅場を切り抜けてきたけど、あれ以上に恐怖の象徴として刻まれている記憶は無い。


 それだってのにコイツは……思わず、景信の胸ぐらを掴んで叫んでいた。

 

「信長ってのはそんな生半可に近づいて大丈夫なヤツじゃない! アレは人を捨てた、まさに魔王だ。もし戦場で相対するような事があったら……なりふり構わず逃げろ」


 俺の剣幕に何事かと軍監やカンパチが近付いてくるが手は緩めない。俺はコイツに死んでほしくないと本気で思ってるんだ。


「お、おぅ……悪かったよ兄者」


 

「魔王か、ソイツは良いな! この乱世に生まれたからにゃ、そういうヤツと戦ってこそだ!」


 せっかく弟に俺の必死さが伝わってくれたと思ったのに、誰だ!? そんな煽ってくる奴は!? はっ倒すぞこの野郎! と思って声の方を見ると、ざんばら髪に鉢金で涼しげな眼もとに口元には不敵な笑み。明智光秀から客将として預かった斎藤利三さいとうとしみつだ。


 

「そういや織田信長ってのは、みかどの御所に火を付けたことで『天より選ばれし帝に歯向かうとは悪鬼の所業』だの延暦寺に言われて『ならば我は悪に魅入られし第六天魔王なり』とか自ら魔王を自称して返したらしいな」


 そう言って愉快そうに笑う利三。いやそれはさ、イキってるくせに全然弱い奴が言ってたら厨二病感あってギャグに出来るトコだけど、事実ガチ魔王みてぇな奴が言う分には全く笑えないのよ。


 

「ま、命のやり取りよりも長く生き延びたい奴は下がってたら良いさ。蛇の道は蛇、修羅の道は修羅、ってな。そういうのと対峙するために俺たちみたいな戦場で命を賭けるしかできねぇ連中が居るってこった」

「気が合いそうだな、雰囲気から同じ側の奴だと思ってたぜ!」

「拙者も、戦場いくさばにてしか輝けぬ者なれば」


 利三の言葉に何故か賛同して集まりだすウチのサバとカンパチ達。まったくこれだから戦バカは、って溜息をつきそうになってふと見ると景信も目をキラキラさせて混じろうとしている。


 ちょっと待て、お前はそっち側じゃないだろうが!? 国主で死んじゃならん奴が先陣切る側に廻ってどうすんの!?



「とにかく! 命の獲り合いである以上、キレイごとじゃ済まないのなんて分かっているが、それでも敢えて言わせてもらう!! ここにいる全員、無謀な戦い方で命を落とすんじゃないぞ! 俺が悲しくなる」

 

 実際、こんな事を言ったところで戦バカどもには聞き入れてもらえるとは思えないが、それでも噓偽らざる俺の本音だ。マグロの時みたいに、信頼していた部下が居なくなるのはもう、見たくない。


「ふぅん。お前さん、ウチの局ちょ……俺の郷里の親友と同じことを言うんだな。気に入ったぜ」


 何処に感銘を受けたのかわからないが、一番こういう言葉に関心の無さそうな利三がそう言って俺の肩をポンポンと叩く。ちょっと態度とか距離感とか問題ある気はするけど、ちゃんと受け取ってくれたなら良い。



 そして俺たちは関ヶ原の手前で夜を明かし、来るべき信長軍との戦いに備えることにした。

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