第124話 所詮は麻呂とかミヤビとか

 甲斐・新府から山岳を北に迂回して約15里(60キロ)の所にある信濃・高遠城。


 信玄の弟・逍遙軒信廉しょうようけんのぶかどが治めるこの城で一晩の宿を借りた際に、俺と前世の弟・長尾景信は義輝将軍に呼び出された。城の天守大広間には義輝の他に今回の陰の総大将・北条氏政も脇で腕を組みながら控えている。


「よく来てくれた。そなたら二人に頼みたい事があるのだ」


 俺達二人が平伏していた頭を上げると、ほぼ同じタイミングで目の前に中日本一帯の地図が広げられる。


「我らはこれより伊那いな郡を抜け、東美濃の恵那えな郡・岩村城を落とし、美濃へと進行する。

 そなたたち長尾・はま軍勢には、その間に北上して木曽福島を抜けて飛騨を攻め落としてきてほしいのだ」


 義輝将軍が言うと氏政が地図上の白い碁石を2つ、左上へとスライドさせる。そこには敵方勢力を表す黒い碁石と共に【姉小路あねこうじ】と書かれた文字が見えた。



 直接の面識はないがどういうヤツかは知っている。美濃を落とした信玄が生きている時は甲斐武田にヘコヘコ従属していたくせに、美濃に織田軍が攻め入ってきたとたんに『我が姉小路は朝廷と義昭将軍に認められた家柄』とか『信長公とは美濃斎藤家より嫁を貰った相婿で親族同然』などと自分の正当性を主張して真っ先に美濃へ攻め込んできたコウモリ野郎だ。


 そんな勢力次第でいくらでも寝返るようなヤツを野放しにしておくのは何があるかわかったモンじゃないし、この機会に制圧してしまった方が良い、というのは同意できる。ただ……


 

「さてっと……兄者、どこからどう攻めるかねぇ?」


 義輝将軍の前では作戦に了承したものの、天守大広間を離れてから長尾景信おとうとと共に飛騨国周辺の地図を睨む。


 飛騨という土地は山に囲まれている上、他と国境線を有する所にはどこにも山城が張り巡らされ警備は万全、正攻法で攻め込もうとすれば相当に厄介な土地なのだ。


 そんな立地で攻略難易度が高い割に、山岳なので採れる米も少なくこれといった特産品も無い。なので、周りの有力大名から攻め込まれることもなく弱小勢力ながらも今日まで戦国乱世を生き延びてきた、そういう場所だ。

 

 

「特に賢明な策が無いのでしたら、拙者からよろしいですかな?」


 音もなくヌッと現れたのは今回帯同しているウチの軍師・真田昌幸さなだまさゆき。俺はもうその登場の仕方に慣れてしまっているが、弟は初見なので「おおうっ」と声を挙げる。昌幸はその様子を意に介することもなく、を提案した。



「ぶははっ、そいつは良い! よし、昌幸の策でいこう!」

「えぇ~兄貴……じゃなかった兄者、本気でやるつもりで?」

「だってお前言ったろ?『俺の顔が地味だから毛利に行くのは俺の方が適任だ』って。それなら今回の作戦はお前が一番じゃねえか」


 

 俺の一言に返す言葉もなく渋々といった雰囲気で提案を了承する景信。こうして、飛騨攻めは真田昌幸の持ってきた作戦を使うことになった。




「ほっほっほ、遠路はるばるご苦労。麻呂こそが飛騨国司姉小路【大納言だいなごん】頼綱である」

 

 

 ここは飛騨国のほぼ中央に位置する難攻不落の山城で、姉小路家の本拠地である松倉城……ではなく、そのふもとの城下町のほぼ中心に作られた平安風の屋敷『姉小路御所』


 鯉が優雅に泳ぎ回り、鹿威しがカコーンと鳴る庭園を眺めながら『攻め込まれる心配など1ミリもない』という油断しきった様子で俺たちを迎え入れる白塗り&お歯黒の中年男こそが、この館の主であり飛騨の国主でもある姉小路頼綱あねこうじよりつなだ。ちなみに大納言はただの自称で、朝廷からの官位はそんなに高くないらしい。


 役職とか名乗るのって結構勝手なんだな。それなら俺も勝手に名乗っちまおうか、中日本覇王とか。言わんけど。


 

「まっ、麻呂は勧修寺晴秀かんしゅうじはるひでが子にして万里小路家新当主・万里小路 充房までのこうじ あつふさでおじゃる」


 同じく白塗りお歯黒で平安風の装束に身を固めた景信がたどたどしく偽名で名乗る。その滑稽さに後ろで控える俺は頭を下げながら吹き出しそうになるが、当の本人は不自然にならないよう必死そのものだ。


「ほっほっほ、緊張しておじゃるようじゃの。いのう愛いのう♪もっと麻呂の近うに寄るがよい」


 美味そうな食べ物でも見るような下卑た視線に思わず鳥肌が立つ。男色はこの時代の嗜み、と聞きはするけどこんな腹の出た中年のオッサンに抱かれる美少年の図とか、誰も見たくないぞ。



「こ、此度は、義昭将軍にも朝廷にも通じておられる大納言様におかれましては、是非とも信長などではなく義昭将軍公のお味方に付いていただきたく、使者として参った次第でおじゃります」


 ドン引きしながら景信が言う。そう、今回はこの飛騨・姉小路が義昭方につくのか信長方につくのかを見極めるために都から送られてきた朝廷の使者に変装して姉小路に近付くという作戦だ。そしてこの問いへの返答次第では、信長方として美濃救援の兵を向けられる前にここで叩く必要がある。


 ちなみに使者ご一行様は美濃から飛騨へ北上する途中の宿場でへばってて、まだ1週間以上は到着できそうにないことは把握済みだ。公家の御曹司を牛車に乗せて山登りとか、フツーに考えりゃ無理だと気付きそうなのに平面の地図しか見えてないんだろうな。麻呂とか雅とか言ってるだけの連中って。



「うーむ、麻呂も帝と義昭将軍様のたっての頼みとあらば都に駆け付け、逆賊など一網打尽に打ち滅ぼしたいのじゃがのう……とはいえ信長殿は麻呂の相婿あいむこ。その絆を反故にするにはやはり、それなりの『』というものが必要になる。わかるじゃろう万里小路どの?」


 そう言って何かを思案するような表情をわざとらしく浮かべながらこちらを横目でチラ見する姉小路。つまるところ『味方に付くかどうかは贈り物次第』と言いたいんだろ? うん、やっぱプランAだわ。


 

「大納言様、それは承知仕っておりまする。ゆえに我らも京より多くの贈り物を持ってまいりました。大納言様ほどのお方ならばこの価値がお分かりになりましょう」


 従者っぽさを出しながら、用意してきたものを覆い隠した白い布をバサリと取り去る。そこには木箱に詰めた小判や茶器、壺などを積んであった。

 

「むふぅ~茶器に金子ではないか!? 良きかな良きかな♪ して、この面妖な壺はなんじゃの?」


 敢えて中身を見せるように蓋を半分ずらした木箱の小判に目の色を変える姉小路。うんうん、清々しいレベルでわかりやすい小者っぷりだよキミは。


 んで、壺だね??


「そちらはですな……こうするのですっ!!」


 もう一人の従者として控えていた真田昌幸が『』貢ぎ物の宝に紛れさせていた信楽焼の壺を1つ手に取り、地面に叩きつける。その動作を見るか見ないかで俺と景信が飛び退いて広間を離れるが早いか、激しい爆発音が響き渡り、辺りは灼熱に包まれた。


 爆発の原因となった壺は忍がよく用いる焙烙玉ほうろくだまという手榴弾のようなものの改良版で、割れた衝撃で爆発する装置と火薬が仕掛けられているのだ。ちなみに貢ぎ物にも同じ壺が大量に紛れ込ませてあったため、時間差で断続的に爆発が巻き起こる。巻き込まれないよう後ろを全く振り返らずに逃げているが、無防備なままで爆発の中心にいた姉小路と側近たちは間違いなくあの世行きだろう。



「おう、上手くやったみてえじゃねえか若!」 


 炎が全体に燃え広がった屋敷を出ると、京商人の格好を解いたサバ達に迎え入れられる。屋敷の警備兵たちは【京からのお公家様ご一行】に変装していた彼らがすべて仕留めてくれていた。


 あとはこの国主不在となった混乱に乗じて信濃側の国境から長尾・はま本隊2万が雪崩れ込んでくれば飛騨などあっという間に制圧されるだろう。姉小路頼綱という男は自分の公家趣味を理解してくれる次男の秀綱ひでつなを重宝し、南北の城に控える弟の顕綱とも長男の信綱とも仲が悪いらしいことは掴んでるからな。

 

「ま、せっかくだから若の白塗りお歯黒も見てみたかったけどな!」


 そういって豪快にサバは笑うが冗談じゃない。麻呂だの雅だの言ってるヤツらとは分かり合える気がしないし、マネだってしたくないんだわ。人にさせる分には面白いけど。


 こうして、俺たちは飛騨姉小路を倒し、美濃攻めの憂いを断つ事に成功した。

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