第123話 長兄の初陣と三男の葛藤

 武蔵松山での評定が終わると早速に甲斐・新府城へと戻って戦支度を開始する。


 今回は3方面での同時侵攻で、そのうち2方面に兵を送らなければいけない関係上、海チームと山チーム、そして留守役にチームを分けなければいけない。


 まず海と言えばこの男、魚兵衛兄が駿河で鍛えている元海賊衆を引き連れ、北条家の伊豆水軍衆と合流する。北条川の水軍衆を束ねているのは伊豆を任された北条氏規ほうじょううじのりと、彼の元へ修行に出しているウチの4男・寿康ひさやす。彼らの船団が海側から三河・尾張と進軍し、遠江は猛将・朝比奈泰朝あさひなやすともを中心とした軍団が内陸側から三河へ攻め込む。


 日本海側はすでに加賀で越前に睨みを利かせている長尾輝虎・改め長尾謙信ながおけんしん朝倉義景あさくらよしかげと彼の越前国主時代に仕えていた家臣団が合流し、越前の主要な城である北之庄・一乗谷を制圧して敦賀を目指す予定だ。


 

 そして義輝将軍と北条本軍に合流する俺達・主力の山チームは俺を大将にして勘八郎カンパチ左馬之助サバが主力となる騎馬軍団メインの編成で、軍師のポジションに付くのは軍監ではなく真田昌幸さなだまさゆき


 彼を今回抜擢したのは純粋に留守役を任せるのがちょっとアブなそうだったからだ。弟の話では史実上、武田滅亡後に真田は信濃で大名として独立しているし実際、俺が西に行ってた2カ月の間に色々と画策していた形跡も残っているという。胡散臭いヤツだとは思っていたがトンデモねぇな。


「このような大事な戦で拙者を軍師にとは、殿はさすが分かってらっしゃる」


 言葉こそ丁寧だが『お前ちゃんと分かってんなー』的な言い方にちょっとムカついたので、こちらも軽く脅しをかける。もちろん他のヤツには聞こえないよう耳元に小声で、だ。


「ああ、俺のいない間にコソコソと何かされたんじゃ堪んないからな」

「……っ!? 何故それを?」

多羅尾たらお衆は上手く警戒させないように振る舞ったのに、ってか?こっちも色々と人脈はあるんで情報は入ってくんだよ。あんまり侮るなよ?」


 自分の動向がバレてるのは完全に計算外だったのか、慌てた表情を見せる昌幸。そこに俺は言葉を続ける。


「まあ確かに、お前が優秀で敵に回したくない男なのはこの数年で良く分かってる。だから今回の働きで領国が一気に増えるだけの働きがあれば、それに見合う報酬は用意してやらん事もない」

「……と、言いますと?」

「美濃一国を落としてウチの領国に出来たあかつきにはお前に信濃一国を任せてもいい」


 ここでようやく昌幸も他の者と同じように平伏する。『独立志向が強い野心家だけど、認知度足りなくて承認欲求強め』っていう景信おとうとの人物評は正しかったな。正しく評価されないって燻っているうちに独立・反乱でも起こされる可能性を考えたら国主として手腕を振るってもらう方が良い。まぁ将来的な話だが。


 

「この真田昌幸、身命を賭して御屋形様おやかたさまの為に才を振るい、我が軍を勝利に導いてごらんにいれましょう」


 相変わらずの自信過剰ぶりだが急激に華麗な手のひら返しをキメる姿にはちょっとドン引きする。エサをチラつかされると尻尾を振るワンコか、お前は。


「昌幸、その御屋形様という呼び方はやめてくれ。気恥ずかしくなる」

「そうだぜ。大体そんな『御屋形様』なんて威厳でも無いしなぁ、ウチの若は」

「サバ、お前はいつまでもその『若』ってやめようか。ウチはもう寿輝が元服してるわけだから」


 

 そう、今回の戦には長男である寿壱じゅいち、あらため寿輝ひさてるも初陣として連れていく事にした。俺はもう少し先でも良いかと思っていたが、北条が伊豆水軍の動かし方を実地で教えるために4男の寿康を参加させるというので渋々だ。『長男という立場の者が弟よりも初陣が遅い』というのはこの戦国時代ルールではあまり良くないらしい。だがこの二人の初陣に納得していないのが、多羅尾と共に駿河の留守役を任せた三郎である。


「父上。私も兄上と共に立派に初陣を務めとうございます」


 その表情にはありありと不満が現れている。これまで軍略の講義も剣の稽古もずっと兄と一緒にやってきたのに、という所からだろうか。俺は少し説得の言葉に迷いつつも、三郎の正面に座ってこう告げる。

 

「お前が兄と共に初陣を飾りたいと思う気持ちはよく分かる。何故自分だけが取り残されるのかって思うのだろう?

 

 でもな、コレは戦だ。どれだけ万全に万全を重ねても、一歩間違えれば俺も寿輝も命を落とす可能性はあるんだ。その時に誰が駿河を守る? 誰になら任せられる? それはお前しかいないからだ、三郎寿真ひさざね!」


 今年、元服を迎えた三郎には新たな名を与えた。次男が武田信玄から継いだ寿『信』、四男が北条氏康から継いだ寿『康』ならば、この子は俺に駿河を任せてくれた友・今川氏真から一字を戴いた寿『真』だ。


 少なくとも俺はコイツにそれだけの期待を持っているつもりだし、彼ならば例え俺が居なくなっても立派に成長して駿河一国の国主を務める事が出来ると信じている。勿論、死ぬつもりはまだ無いけど……


「大丈夫だって! オメーのとーちゃんも兄貴もこの俺様がちゃんと守り切ってやっから!」

「こら左馬之助! 若様に向かってその口の利き方! それに観念して殿の事は殿と呼ばれよ」

「言い方はともかく、サバ殿の言う通りですぞ三郎様。いざという時この駿河と妹や母君たちを守れるように、我らが戦に出てる間もちゃんと剣の稽古は欠かさぬよう……多羅尾殿もですからな」

「ぐぬぅ……若様が励まれるなら拙者もやるしかないか」


 俺の不安を読み取ってか大丈夫と大口を叩くサバに、その口調を咎める多羅尾。さらに多羅尾の稽古嫌いを指摘する勘八郎。彼らのやり取りに不安や不満を浮かべていた三郎も表情が緩む。


「わかったよ……左馬之助、勘八郎。どうか父上と兄上を守ってくれ。

 私は多羅尾と、甲斐の留守を任された寿信兄上と共に、父上が守ってきた領地を守り抜いてみせる」


 その顔には先程までと違い、決意の色が伺える。これで留守役は大丈夫だ。今回も必ず全員で生きて帰って来るからな! 決して死亡フラグじゃないぞ!!


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