第99話 勝頼の最後

駿河はま軍との全面対決に敗北し、逃走する勝頼。

彼は果たして生きて帰れるのか?どうなる勝頼!?

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 風に乗って甲高い剣戟音けんげきおんと共に怒号ともとれるような幾つもの声が聞こえる。


 駿河はま軍団の用意した幾つもの策略にハマって騎馬軍団を壊滅させられ、駿河兵に本陣まで押し込まれた武田軍本隊が奮闘している遥か後方。


 

 武田勝頼は僅かな手勢を連れて、甲斐へ戻るための道を引き返していた。


 遠くに聞こえる喧騒の中には


御屋形様おやかたさまは何処だ!? 」

「この状況でさえ撤退のお下知は無いのか!? 」


 などと必死の声を張り上げる将たちの声も混ざっていたが、全て無視して後方へと引き上げる。

 

 どうせ戻ったところで責任を押し付けられ、首を敵に差し出されて命乞いの材料に使われるぐらいしか道は無いのだ。この武田家の正当な血を引くこの俺が何故、幾らでも替わりの利く有象無象の為に命を投げ出さねばならぬ。


 手勢の中にはすでに、甲斐武田家・後継者の座を簒奪する事を提案してきた従兄弟の信豊も重臣たちの姿も無い。元より当てになどしてはいないが、我先にと保身に走ろうとするその姿に虫唾が走る。


 この乱世に於いては最も力ある者こそ家中をまとめるのに相応しい。あの老いぼれの父親が死んで、俺はこれまでの乱世の理に倣い甲斐武田家当主の座を正式に手に入れた。

 

 俺のやり方を上から押さえつける兄も父も居なくなった今、力で全てを捻じ伏せ欲する物は力で手に入れる。それがようやく可能になったというのに、父の代からの重臣ジジイどもは俺のやり方に反対して兵を出す事を拒んだ。そのせいで今回の戦は圧倒的な力の差とはならずに負けたのだ。

 

 

 まあいい。甲府に帰ったら今回の敗戦の責は、侵攻に反対し兵を出し惜しんだ老いぼれ共のせいだと糾弾し、全員、領地を召し上げて切腹させてやる。そして今度は倍以上の兵力を以てして、あのうだつの上がらない駿河の成り上がり者など簡単に捻り潰し、俺の目の前でその首を撥ねてやろう。


 そう思って数刻前に通った、切り立った岩山の間を通る山道に差し掛かろうとした時だった。


 ……道が、岩で塞がれている。


 こんな短時間のうちに落石で自然にこのような状況までなるとは考えにくい。敵はまさかこの場所に最初から潜んでいて、戦の最中にこの状況を見越して道を塞いでいたというのか。


「ど、どうされますか御屋形様?」

「どうするもこうするも、踏み越えるしか無かろう!! 」


 命じられた兵も命じた俺の方も躊躇しながら、それでも何とか通れる道を探ろうと落石に近付く。

 しかしその時、馬に乗った一団がこちらに近付くなり一斉に銃を撃ってきた! 先程の戦いで我が騎馬隊に弾を撃ち込んでそのまま散開した馬上筒ばじょうづつ隊か!? 続いて馬の上から弓を構えた一団も矢を放ってくる。

 

 ここまで撤退している間に数を減らした我が手勢たちは進路も逃げ場も持たないままに、俺を守るように展開しながら次々と討ち取られていく。そしてもう1つの集団が近付いてくる蹄音。恐らくは味方ではないだろう。となれば……


 ___________


 俺達が混戦の中を切り抜けて武田軍本陣の遥か後方、甲斐へと続く山道の入り口に辿り着いた時にはすでに、勝頼を取り巻く兵の数は数人しか残っていなかった。


 こちらに鋭い敵意をむき出しに槍を構えて今にも斬りかからんとしてはいるが、その周りの多羅尾率いる鏑矢隊もギリギリと弓を引き絞っている。


「もはや勝負は付いただろう。大人しく投降しろ」

「投降だと? この甲斐源氏の流れを汲む名門・武田の嫡流であるこの俺が、貴様の様な何処の馬の骨とも分からぬ漁師の息子なんぞに膝をつくと思ったか!? 馬鹿め! 」


 まあ、そう言うだろうとは予想していたけど。

 

 投降して欲しいと思ってるのは勝頼個人のためではなく、この戦いに駆り出されて、既に負けが確定しているにもかかわらず戦いを続行させられている武田の兵達のためだ。主君が退却するか敗北が決定的にならなければ兵達は逃げる事も投降する事も許されないのだから。


「これ以上武田の兵達に無駄な血を流させるつもりか?」

「誇り高き我が武田の武人ならば、このような所で敵に膝をつく軟弱者などおらぬわ! 俺が倒されたとて、武田の軍団は最後の一兵まで貴様らの様な下賤の者には降ることは無いだろう。覚悟しておくのだな! 」


 そう言って高笑いをキメる勝頼。5年前の美濃侵攻の時から自分勝手で我儘でどうしようも無い奴だと思っていたが、その性格は全く変わっていないんだな。振り返るとカンパチが鬼のような形相で勝頼を睨みつけている。


「お前には大切な存在や守りたいと思うもの、その為に死ねないと思う人達の気持ちが分からないか?」

「ハッ何を軟弱な事を! 主君のために命を捨てるは武人の務めだろうが」

「ならばその命を預かる主君の役割とは、どういうものだと思ってる?」

「知れた事を。積み上げられた屍の上に強き国を作り、他国より奪って国を富ませてこそ、死んでいった者も浮かばれよう」


 その考えが乱世の普通といわれれば仕方ないがダメだ、やはりコイツとは考え方が相容れない。


「お喋りはそれくらいで終いか?俺は甲府に戻って軍を建て直す。次に会う時は貴様は必ずころ……」


 不敵な言葉を残しこの場から立ち去ろうとした勝頼の胴には深々と、カンパチの刀が刺さっていた。



 え!? ええっ!? ここは俺が「勝頼、貴様だけは許さない! 」とか言ってカッコ良くキメる所でしょ!? 何勝手に先走って倒しちゃってんの君!?


「と、殿……すみませぬ。この者の言葉を聞いているうちについつい義憤に駆られて。トドメは殿に譲りますゆえ」


 いや、よく分かるよ! 分かるけどもっ!! お前までサバみたいな待ての利かないワンコキャラかよっ!? ここからトドメのセリフと一撃とか言われても、微妙だよ!


「勝頼、貴様のようなやり方を俺は許すわけには……」

「死に……たくない……助けてくれ」

「えええええええっ!? 」


 今度は話そうとした俺の言葉を勝頼が遮る。しかもさっきまで軟弱とか言っておいて「死にたくない」と来たもんだ。何なんコイツ!?


「やっと、やっとお竜と結ばれて……子が生まれたばかりだというのに……このような場所で俺が死ぬなど……許される事だと思うか」


 お竜……っていうと5年前の美濃攻めの時に確かお前が逢瀬を繰り返すために足止め食らった事あったよな?あれからずっと狙ってたんかお前!?しかも数か月前に嫁いだのに子供ってお前、デキ婚じゃねえか!? この時代にある意味すげえな! っても、当然許すわけは無いけど。


「あの世で同じような事を思いながら死んでいった、名もなき兵の事でも思いやるんだな」


 俺はそれだけ言うと息も切れ切れになった勝頼の首を落とし、戦を終わらせるために声を振り絞って勝ち名乗りを挙げた。


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第3幕終幕まであと2話!

作者繁忙期&体調不良で更新日空きますが

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