~閑話~ 信玄ず・ラブ ‐リターンズ‐
作者的に長きに渡る加賀編が終わったのでここで一息。
今回は「史実と人物像が違い過ぎる」に定評のあるこのお方の登場です!
LGBT的衆道が苦手な方はご遠慮ください
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「はぁ、どうしてこんな事になってしまったんじゃろぅ」
越中から美濃へ戻る最中、ワシは馬を進ませながらあの時の事を考えていた。
『春たん、春たぁぁぁん!! 』
あんな醜態をさらして泣いてしまったのは、彼があの頃のままの優しい声で「今は泣く事しかない」って言ってくれたからかもしれない。でもその事で、ワシの心はこの馬の上と同じように揺れに揺れ、乱れていた。
彼、春たんこと春日虎綱と出会ったのはワシがまだ22歳、彼はまだ15歳の少年と言っても過言ではない頃だ。
「晴信さまの奥近習衆を率いる身として頑張ります! 」
その頃に発足したワシの近習衆の第一期生筆頭として、まだ右も左も分からない家臣の息子たちを相手に兄のように振る舞い、ワシの為に尽くして頑張っている彼の姿を、いつの間にかずっと目で追うようになっていた。たまに頑張っている姿を褒めてやると照れたようにはにかむ姿に、気付くと心を鷲掴みにされていたのだ。
「いやもう、ありのままを認めてやったら良いんじゃないか?ハルのやりたいようにしても良いんだよ?だって大名なんだしさ」
前からずっとこんなワシの性癖を分かってくれていて、何でも相談できた幼馴染で元カレ・マサこと内藤昌豊はそんなワシを見てそう言ってくれていたが、その時のワシはもう武田の当主として跡継ぎを多く作る事を期待される身。とてもじゃないが、『義理として子は残せても実は好きなのは彼なんだ』などと周囲に堂々と言えるはずがなかった。
でも……気持ちに嘘は付けない。春たんが積みあがった仕事に疲れ、突っ伏して寝てしまっている姿を見ると抱きしめたい気持ちを抑えきれず、そのまま抱き起こして自分の寝床に担ぎ込んでしまったのが彼とワシの始まりだった。
「晴信……さま?よろしいのですか?」
「ああ、ワシがそなたとずっとこうしたかったのじゃ。これから二人の時はハルと呼ぶがいい」
「晴信さ……ハルさま。わたくしの苗字とお揃いですね」
そう言って照れるように笑う春たんの朝日に照らされた笑顔をワシの腕の中で見た時、ワシには天下よりも尊いものをこの腕の中に見たような、気がした。
でもあれから20年以上の時間が経って彼にも家族が出来、ワシにもようやく、初めて女性ながらもカッコ良さと女性らしい奥ゆかしさを兼ね備えていて、まさしく理想だと思える女性が現れた。
これでもう【強く勇ましい戦国の英雄・武田信玄】を装う事も、彼を忘れられずに甘利や土屋昌続といった、新たに近習として仕えてくれた者に彼を重ねて慰めてもらう事も無く、穏やかに今の幸せを享受しながら生きていく事が出来る、そう思っていたのだ。それなのに。
「今の信玄様には迷いが見られますね。美濃に遺してきた家臣たちの事、信長の事。色々心配なのですか?」
ワシの髪を撫でながらそう話すお景の表情にいたたまれなくなり、ワシは滞在予定を早々と切り上げて逃げ帰るように美濃へ戻る事を決めていた。お景にはどこまでワシの気持ちがバレているのだろうか?ワシはなぜ……今更になって、彼の事を?
だが私はやはり甲斐信濃を治める、いや、今や甲斐・信濃・美濃・飛騨の山国を網羅する中日本の王にして山神・武田信玄なのだ。このような女々しい気持ちを隠しながらいつまでも心揺れているわけにはいかない。美濃に戻ったらいつも通りの乱世の雄・武田信玄として、多くの家臣を束ねる御屋形様として、春た……高坂も他の将と同じように接しよう。
うん、そうしよう! と決めてデコボコした坂道を登る、揺れる馬の上で揺るぎない決意を新たにしていた時、思いもよらない事が起こった。なんとワシの前方を進んでいた側近、甘利昌忠が馬の揺れに耐えきれず、ワシの方を振り返りながら馬から滑り落ちるように落馬したのだ!
「甘利!! 大丈夫か甘利!? 」
一団が騒然となる中でワシはいち早く馬から飛び降り、彼を抱き起こすが肺からヒューヒューと息が漏れている。長年馬に乗ってきたワシだからわかるが、この呼吸をしている者はもう……長くは持たない。
「晴信……さま。ハルさ、ま。どうか……どうかお心のままに」
「もう良い、話すのも苦しかろう。喋るな」
「いえ。最期ですから……言わせてください。晴信さまの切なそうなお顔を見ているのが、私にも切ないのです。どうかご自分のお気持ちに正直に……なられて下さい」
それだけ言って微かに微笑むと、甘利はワシの腕の中で諦めたように目を閉じた。まだ息はあるが、呼吸はかなり浅く、今にも途切れそうになっている。
「あなた……様の腕の中で、最期を迎えられる事……うれ‥‥しい」
「昌忠!! ……ううっ。早すぎるじゃろう……すまんかった。ワシに……」
「晴信さま……私も……甘利さまと同じ想いにございます」
視線の先には涙ぐんでいる土屋昌続が目を腫らしている。確かに昌続も昌忠と同じように、近習としてワシの一番傍におった時期があった。二人とも、ワシの心はずっと春たんに有ったことを知りながら、ワシの事を見ていてくれたのだろうか。だとしたら、ワシに出来る事は一つ。今も燻っているこの想いに、素直になる事だけしかない。
「昌忠、昌続……お主らの気持ち、よくわかった。美濃に戻ったらちゃんと、ワシの気持ちを伝えようと思う」
ワシの声が耳に届いたかどうかは分らぬが、穏やかな微笑みを浮かべて息を引き取った昌忠を他の者に引き渡し、馬に再び跨って進んでいく。春たんの待ってる、稲葉山城へ。
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ご覧いただきありがとうございます。
史実の信玄って実際、恋愛面はどんな人だったんでしょうね。私の中ではもう吉田鋼太郎さんしか出てきませんが(苦笑)
よろしければコメントなどお待ちしてます。
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