第39話 三回来たら何とかなるって三顧の礼じゃねんだから

お待たせしました!

第2幕、ついに始まります!

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 永禄9年(1566)4月。


 俺、浜寿四郎はまじゅしろう駿河するが一国の国主になってから2年近くの時が流れた。


 一度は国内の混乱と戦闘で人の少なくなった駿河の中心地、駿府すんぷの町だが小田原から京都・堺へと向かう交易船の中継する港町として桶狭間以前に近いぐらいまで復興している。そして俺の住む東駿河・田子の浦の地も相模北条・甲斐武田と駿河・遠江とおとおみの交易拠点として賑わいを見せ始めていた。


 俺が駿河国主になった祝いにと一昨年から武田信玄が築城してくれていた城【三枚橋城】が完成して、ここが城下町となった事もあると思うけど、もっと大きな原因はコレなんじゃないかと思う。


『【寿四】総本家、はま寿四 田子の浦本店』


 城のすぐ近くにデカデカと看板を掲げられたその店には連日『是非一度は新しい料理を味わってみたい』という関東から中部地方を拠点とする大名家の有力家臣や豪商が連日詰めかけていた。


 魚は駿河湾でその日に獲れた新鮮な魚のみを使い、米は関東の米よりも格段に美味い越後から取り寄せたものを使用、寿司酢は甲斐で採れた葡萄から秘伝の製法で作り上げたワインビネガーが味の決め手となっている。


 ともなれば流通も生産技術も足りないこの時代、どうしても大量供給は出来ないので一日で提供できる人数がせいぜい20人前と、とんでもなく少ないのだ。それなので予約制を導入してみたのだがそれも今や2年待ちの状態。しかし戦や病やその他もろもろで予約キャンセルもちらほらあるので、ソレを狙ってこの町に長期滞在で連日キャンセル待ちをする美食家も押し寄せている状態……なんていうかカオスである。


 いやぁね、この時代でも寿司が食べれればいいなーとか、美味しいものが豊かさを生んで少しでも平和に繋がってくれるならいいなーとかそんな事を思った事は思ったよ、でも。


 どうしてこうなった。


 おまけに武田信玄と北条氏康・氏政親子は2カ月おきに来店し、その度に甲府店はまだなのかとか小田原店出さないのは許されないとか無茶ぶり言い放っていきやがる。今の一店舗でさえ寿司酢の供給量が追い付いていないのに無理に決まっとろうが!!


 だがこのままでは寿司を奪うために攻め込まれてもおかしくない勢いだ。これはなんか違う。俺の目指した寿司はこういう物じゃない。



 そんな苦々しい気分ではま寿四の前を通りかかると、はま寿四の由来が書かれた壁を熱心に読んでいる一人の男が目に入った。天女のお告げで造り始めたとか、寿四によって新三国同盟が為されたとか、かなーり話が盛られてて俺が見ても「んなアホな」って言いたくなる内容だが、コレを真剣に読み込んでる人、初めて見たわ。


「食べ物の力で新たな豊かさを生む、ですか。これはすごいものですね」


 俺に話しかけてるのか、それとも独り言なのか分からない音量で男が呟く。


「この寿四というものは、どうすれば食べられるのですか? 」


 今度ははっきりと俺に向けて話し掛けられたので普通に答える。


「あの、ご予約の無い方は厳しいかと思います」

「そうでしょうね、ここをもう二度訪れた所で同じでしょうか?」


 いや、三回来たら何とかなるって三顧の礼じゃねんだから。


「ほう、三顧の礼を御存じとは! さてはアナタも三国志がお好きな同志ですね♪」


 心で突っ込みを入れたつもりがうっかり声に出ていたらしく、同好の士と間違われる。いや、三顧の礼とか桃園の誓いとか有名なのは知ってるけど俺の知識なんてそんなモンよ?


「申し遅れました。わたくし姓は竹中、名を重治、字名は半兵衛と申します」


 男はそう言って姿勢を正し、握りこぶしをもう片手で包むようにして頭を下げる。名乗り方といいその中国っぽい礼のスタイルといいどう考えても諸葛亮孔明の真似ですよね!?



「ほう、これはあの有名な美濃の麒麟児、竹中半兵衛様ですか! たった16人で稲葉山城を占拠したという話はこの駿河にも聞こえておりますぞ。同じ軍略を志す者として尊敬いたします」


 何処から現れたかウチの軍師・軍監がヌッと現れて話に加わってくる。竹中半兵衛って言ったら豊臣秀吉の名軍師ってイメージだったがこの頃はまだ美濃に居たのか。


「聞けば寿四に興味がおありだとか。ちょうどこれから夕食なのです。よろしければご一緒に」


「しかし、宜しいのでしょうか?私は寿四とはどのようなものか見に来ただけでお代を支払うことも出来ませんし、今日泊まる宿賃さえ足りるかどうか……」


 その状態でよく来たなぁこの人。古今東西『軍師』っていうやつはブッ飛んでるものなのだろうか。


「竹中様ほどの方ですから当然、客人として迎え入れますよ♪宿も私の部屋に泊まっていけば良い! 三国志談義もしたいところですので。さ、殿もご一緒に」


 ウチの軍監がさも当然という顔で言うが、そうなると当然寿司代は城のツケだしお前の泊まってる部屋って城の一部だかんな! と思って喉まで出かかったけど、ここでそれを持ち出すのもケチ臭いと言われそうなので止めといた。まあ、コイツに至ってはいつもの事だ。


 それに将来の名軍師にここで恩を売っておくのは悪くない、と判断したので国主の強権発動でなんとか寿司3人前を用意してもらい、3人で寿司を食う事になった。


 ただ、食事の間じゅう二人で三国志談義に花を咲かせて、俺の存在が完全に空気かお財布だったのはちょっとどうかと思ったけどな。

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