閑話 勝気なカノジョとすしざんまいの城
第二幕、来週末に連載再開予定!!
という事で今回のお話は第一幕と第二幕の中間の出来事です。
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「それで、お主はこれからどうするつもりなのだ? 」
ここは俺の勝手知ったる東駿河・はま城の大広間。この城の主は当然俺のはずなのだが、何故だか俺はその真ん中に正座させられていた。どうしてこんな状況になったかというと……
曳馬城の戦いを終え、遠江・駿河の今後を決める話合いも上手くまとまり、俺はようやくこの東駿河に帰って来た。駿府も戦のあとの復旧が間に合わず、はま城も数千に及ぶ兵が入り切る規模では無かったので蒲原城に兵はみな駐留させ、軍監に彼らの事は任せての帰還だ。
義父である方の多羅尾はもう居ないとはいえ、息子の方の多羅尾や魚兵衛兄、涼夏や千秋は喜んで迎え入れてくれるかな?そう思うとつい口元が緩む。
だが俺がやっと帰りついたマイホームは全然歓迎ムードではなく、逆に誰もが慌ただしい感じで、普段は温厚で優しくて雑な対応なんてしない千秋でさえ
「あー寿四郎さま! 今帰って来たんですねーよかったよかった」
なーんて片手間で対応されるような状況だ。あれだけの大戦を終えて無事に帰って来たというのに何この塩対応!? 俺なんかしたっけ? とか思っていると多羅尾が珍しくドタドタと走ってきて
「と、殿!! 一大事にござりまする! すぐに広間に!! 来客がその……と、とにかくこちらへ」
と、かなりテンパった状態で背中を押しながら広間へ連れて行こうとするので、大人しくされるがままに広間に案内される。
そこに待っていたのは閻魔大王と地獄の門番の大鬼……ではなく北条氏康と武田信玄だった。今日来るなんて全く聞いてないんだが。そりゃ顔面破壊力満載の大国の当主が揃って二人もアポなしで現れたら家臣一同慌てふためくのはどうやったって間違いないだろう。
いったいこのタイミングで何の用でやって来たのか?全く見当もつかないので迷っていた所に冒頭のセリフが飛んできた、というワケだ。
「いや、どうするって言われましても……具体的に何の話ですか?」
何の意図で聞かれた質問か分からないので聞いてみる。
ダディ、マミー、俺はこれから立派にこの駿河を治めてみせるよ! と親指を立てながら断言して安心させる場面だろうかコレは? どっちがおかん役か分からないけど。
それか武田か北条、どちらの属国に付くのかという質問なのだろうか?熊のような大男信玄に大社長オーラを放つ氏康、どちらも味方になってくれる分には頼もしい事この上ないが、敵に回すとなったらどちらもご遠慮願いたい相手だ。さて、どう答えるのが正解か。
「決まっておろう! 城の話じゃ! 寿四郎、貴様は駿河の国主になるのだぞ。それがこのような海賊の砦のような所に住んでるなどダメに決まっておるじゃろがい!! 」
信玄がタイの寝大仏のようにゴロンと横になってケツをボリボリ掻きながら怒鳴りつける。そんな『あーここなら気ィ使わなくて楽でいいわ』みたいな姿勢でこの砦じゃ駄目とか言われましても、ねぇ? 政務は駿府に通ってやるからココは気楽なマイホーム、ってのじゃ駄目なん?
「それにそなた、昨年の戦にて正室の小春殿を亡くしてから正室を迎え入れてないと聞く。そのままで良いと思っておるのか!? 」
今度は氏康だ。しかしそんな事を言われてもまだそんな気持ちにはなれないし、俺にはすでに三人の息子と娘がいる。今は子育て優先になっているとはいえ側室の千秋と涼夏もいる。元現代人の感覚としてはすでに充分だと思っているのだが……
「ワシの所に甲斐に越後、遠江には朝比奈家と岡部家もある。さらに多くの戦国大名と同盟を結ぶとなれば婿や嫁に出す子は多いに越したことは無い! 寿四郎、お主はまだ若いのじゃ。このまま正室が居らぬというわけにもいくまい」
「おお、そうじゃ! 遠江での戦で連れておった、あの井伊のオナゴとはどうなのじゃ?お景に似て、凛々しくも美しい良いオナゴではないか」
信玄が横槍を入れて茶化すが、そんな期待するような展開は微塵も無かった。井伊谷城を取り返すと、彼女は「遠江・駿河のため、命に代えて井伊谷を守ります」と言って自分の領地に帰っていったのだ。
それにしても……ふぅん、あの上杉謙信を「お景」と呼んでるのかー。なかなか隅に置けないなこの鬼瓦。
「そうなのかぁ、それならワシが井伊谷ごと我が妾として貰ってやっても良いのじゃが、お景に怒られるからのう……あれだけのオナゴが誰ともくっつかんとは、勿体ないのぅ」
うん、それやったら怒られるじゃ済まなくて背中から斬り殺されると思うよ、アナタは。
「寿四郎よ、もし誰も正室を迎え入れる先約が無いのならば我が娘……」
「お待ちくだされ! お待ちくだされ!! 」
氏康がなにかを言いかけた所で、館の入り口の方から多羅尾が誰かの侵入を止めようと叫ぶ声が聞こえた。それを振り切ってドスドスと歩いてくる足音に身構えて廊下の方を振り返る。
「ホンットに狭い砦ね! 海賊の住処と間違えたかしら!? 」
そう言って多羅尾の制止を振り払いながら足早に歩いてきたのは、小袖に髪を後ろに結んだ小柄だが強気そうな少女。どこか目元が見覚えのある感じだと思っていたら
「お……お光ではないか! 何ゆえこのような所に? 」
「お父上、私を娶るかもしれぬ者を自分で見定めたいと早馬でやって来たのです! それで、浜寿四郎とやらは何処に居るのですか!? まさかこの鬼瓦のような男ではありませんよね!? 」
氏康の娘だったらしい。さすがに信玄を初対面で鬼瓦呼ばわりする娘に氏康はこめかみの辺りを押さえて唸っている。
「となるとアナタが寿四郎ね!? 話は聞いてるわ。正室を亡くして半年近くも寝込んでいたとか。それに戦より蹴鞠や和歌が得意で、この前の戦でも女性に守ってもらったんだってね」
なんか微妙~に話が違う奴と混ざってるような気がするが、まあ大体は否定できない。
「私、自分より弱い男なんかに興味は無いの! 私と勝負なさい! 去年こっちから婚姻を断ってやった古河公方とかいうのと同じようにボッコボコにしてやるんだから! 」
そう言って訓練用の木刀を投げつける。
「隙だらけね! もらったわ!! はああーーーっ!!! 」
木刀を受け取るが早いか、獰猛な野生動物みたいな勢いで早速打ち込んできた!
だが……大口を叩く割には鋭い斬撃とは言い難い。まあ、マグロやサバみたいな剣豪が今の俺の基準だからではあるんだけど。
「もうっ!! ちょこまかと躱してうざったいわね!! 大人しくこの剣を受けるが良いわ! 」
多少相手ぐらいはしてあげようかと数撃の攻撃をスレスレで躱すと、イライラしたのかどんどん太刀筋が大振りで前のめりになる。このままだと勝手にバランスを崩して転びかねないので、ここら辺が潮時かと上段から振り下ろそうとした木刀を上段への横薙ぎで払い落とし、自分も木刀を手から離して姫様の身体を自分の身体で受け止める。軽くハグするような体勢だ。
「勝負ありましたね。大丈夫ですか?お姫様? 」
そう声を掛けて身体を離したら試合終了。このじゃじゃ馬姫も大人しく帰ってくれるんじゃないかな?と思ってみたが無言で黙りこくり、腕の中で小刻みに震えている。さっきまでは獰猛な野生動物みたいだったのにまるで小動物みたいだ。こうしているとちょっと可愛いなーとか思えてくる。
これはこちらから身体を離してあげた方がいいかなーと思い、肩に手をやると
「このッ!!! 優男ッ! 」
と叫ばれて吹っ飛ばされてしまった。信玄はニヤリと笑い、氏康は何かを堪える様に震えている。
「嫁入り前の私にこんな事をして、ただで済むと思ってるの!? 責任取ってもらうわよ!! 」
さっきまでの小動物は鳴りを潜め、またじゃじゃ馬っぷりが顔を出し、たまらず信玄は笑い転げた。
えっ!? この時代の貞操観念とか全く分からんのだけど、何か失礼な事でもしたのだろうか?そりゃまぁ恥をかかせたと言われればそうかもしれないのだが……
「お父上、私はこの男の元に嫁ぎます! 婚礼の儀は別に後で良いわ。嫁入りの支度道具は後で小田原から運ばせてくださいませ! 」
「いや、あ……わかった」
娘の勢いの前には気圧される氏康。こんな姿は初めて見るぞ。にしても…どうしてそうなった!? アレか? 自分を負かした男は殺すか愛するしかないっていう女聖闘士的なナニかに則ってるのか?
「ところで北条家の娘である私がこんな海賊風情の所に嫁いでやるんだから当然、こんな掘っ建て砦じゃなくてちゃんとした城ぐらい用意する気はあるんでしょうね!? 」
彼女はあくまで「嫁いできてやる」というスタンスは崩さない。そこまでブレない姿勢というのはある意味で称賛に値する、が……何故そうなる?
「おお!その事なんじゃがな」
今度は信玄が意気揚々と取り出した図面のようなものを広げる。乱雑に扱われたそれはもうクシャクシャになってはいたが、城と周辺の見取り図である事はわかる。
「蒲原城から富士川の対岸を1里半ほど遡ったあたりに【岩本山】と呼ばれとる高台があってな。その山を囲うように富士川からこう、ぐるっと外堀を掘る事で東駿河一帯に睨みを利かせる城を建てられよう! 北に甲斐、西に蒲原、東に興国寺と三枚の橋をかければいざ攻められた時、その三方どれかの橋を落とさば難攻不落の要塞となる。
名付けて寿四三枚(すしざんまい)城じゃ!! 」
信玄は図面を前にドヤっという顔で両手を広げる。いや、さすがに後の世にす〇ざんまいというチェーン店が出来る事など知りもしないんだろうけど……ネーミングセンスがなんというか……
ちょっと突っ込めないがそのネーミングは使えないので三枚の橋で『三枚橋城』で何とか手を打ってもらう。
「むう、寿四三枚城……良き名前じゃと思ったんじゃがな……仕方あるまい。じゃが折角なんで当家にこの城は築城させてくれい。氏康殿にばかり良い所を持っていかれたからの。せめてワシからの国主になった祝いじゃ」
「その城、もちろんお風呂はあるのよね?」
目の前に居るのが父親と同格の人物であろう事にも物怖じせず、光姫が口を挟む。いやあの、まだ婚姻を結ぶとも一緒に住むとも決めてないんですが、俺に選択権は無いのでしょうか?
「もちろんじゃ!川の近くじゃから井戸の水が枯れる事は無いじゃろうし広い風呂も作ってやろう」
「やったあ! 頼んだわよ鬼瓦! 」
なんだか結婚・マイホーム新築という一大イベントが俺の意思関係なく勝手に決まっていくのだが……まあいいか。郷に入れば郷に従え、だ。こうして助けてくれる人々に頼りながら、元現代人の俺はこの戦国の世で生きていく。それが俺のやり方だ。
その後完成した城の目立つ位置には、すしざ〇まいポーズをキメた武田信玄の銅像が建てられたのだがそれはもう、もはや何も言うまい……
(第二幕につづく)
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お読みいただきありがとうございます。
第二幕再開までファンタジー系短編
「2代目の相棒は最強の竜でした。~最愛の相棒を亡くした竜使い、よく似た子をお迎えする~」という作品も書いております。こちらもよろしくお願いします♪
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