閑話 左馬之助剣客修行譚 其之弐 田井長久

これまでのあらすじ

一度目の曳馬城戦(第23話、24話)で自分の中の非力さを思い知ったサバこと青井左馬之助は長く過ごしたはま城を後にし、行く当てもなく旅に出る。その先で出会った者とは!?

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「随分と悩んでおいでのようですな」


 山道で突然真後ろから声を掛けられ、左馬之助は飛び上がって足を踏み外しそうになるほど驚いた。だがそんな態度を表に出せばナメられる。身構えながら振り向くと一人の山伏がにこやかに笑いかけていた。


「おお、誰かと思えば浜家のサバ殿では無いですか。これはお久しゅう」

「オメーは確か富士城のタコ坊主……だったか?」

「田子は住職の名でござる。拙者は田井 長久」


さっくり名前を間違えたものの、それを怒る感じでもなく長久は会釈する。


「こんなところで何してんだ?」


そもそも自分がそれを聞かれそうなものだが、左馬之助はそう尋ねてみた。


「我らはこの道を通り、富士の頂に至る事を修練としております。むしろこの道はそのような者しか通らぬような場所。サバ殿も修練でございますか?」


 どおりで先程から誰ともすれ違わず、道はどんどん険しくなるはずである。だが土地勘のない左馬之助は『甲斐ってのは随分と険しい道を越えた山の上にあるんだなあ』ぐらいにしか思っていなかった。もう既に道幅は少し間違えば踏み外しそうなくらいに狭く、傾斜も普通の旅人なら弾き返されるぐらいきつくなっている。


「ああ、まあな。たまには鍛えねえと」


 間違えてここに来たとは言えない左馬之助はさも当然というように答えた。


「ならば我らとともに参りましょう。先には住職も待っております」


 歓迎すると言いたそうな満面の笑みで長久に同行を誘われる。そうなるともはや断れない。初めて挑む日本最高峰の山はとにかく行けども行けども急な傾斜が続き、息が切れて吸い込もうにも空気が薄く肺に全然空気が入っていかないような感覚がある。気温も低く、吸う空気は喉が凍り付くぐらい冷たい。


「オメェらすげぇなあ。全く息が上がってねぇじゃねえか」

「サバ殿も音を上げられないとは大したものです。初めて挑む者は半数が音を上げます」


 それでも何とか山頂にある富士山本宮浅間神社の奥宮に辿り着く。


「中に住職がお待ちになっておりますので、よろしければご挨拶を」


 長久にそう促されて簡素な作りの本堂の中に入ると、中で読経を唱えていた和尚がこちらに気付き、読経を中断してこちらに向き直る。


「おお、これは浜家のサバ殿ではないですか。随分とお悩みのご様子ですな」


 先程タイ坊主にも言われた言葉だ。


「そんなモン、分かんのかよ?」

「表情や呼吸の動き、動作の緩慢さなどを見ておれば自ずと解かるものです。今のサバ殿からは焦りと苛立ちが感じられますな。己の能力に疑問を感じておられるようで」

「はァぁ!? 俺を誰だと思ってやがる。三国一の武辺者、青井左馬之助様だぞ!? 」


 図星を言い当てられて左馬之助は慌てて虚勢を張ってみせる。そんな姿をみた田子和尚はニヤリと笑い


「ほほう。では試してみられますかな? この老いぼれに一撃当てられるかどうか」


試すようにそう持ち掛ける。次の瞬間、壁に立てかけられた棒を手にした左馬之助は和尚の方にソレを突き出していた!


「……いねぇ!?」

「どこを狙っておられる?」


だが左馬之助が確実に捉えたと思った場所に和尚はおらず、数歩先に何事もないかのように立っている。


「んだよッ!! 」


 攻撃を外したことに苛立ち次なる攻撃、さらに次と棒を突き出すが最小限の動きで躱されバランスを崩す。田子和尚がそんな左馬之助の真横に回り込んで


「喝っ!!! 」


と声を放つと、物理的に身体を押されたかのように左馬之助は倒れて尻餅をついた。そんな左馬之助に和尚は淡々と言い放つ。


「今のサバ殿は迷いの中に居られる。そのような状態で戦の場に立てば間違いなく命を落としましょう。長久めらと共に迷いを手放せるまで修練されるがよい」


 そう言い放った和尚の姿は小柄な爺のはずなのに、何故か巨大な仁王像でも前にしているかのような圧迫感を受け、気圧された左馬之助は頷く事しか出来なかった。


 そして次の日から、タイ坊主率いる山伏軍団と共に修練に励むこととなる。朝は日の出前に起きて読経、その後山頂付近の岩場で日の出から日没近くまで座禅。それを三日間行い、翌日からは駿河まで下山する。寺に戻って一泊すると寺の裏の浜辺で水ごりと称して頭から冷たい海水を被り、また山頂への過酷な山登り、そんなサイクルを二度、繰り返した。


 最初に下山して長く暮らしたはま城の近くを通った時は、色々な事が頭をよぎった。『今戻ったらどんな顔されんだろうな』とか『居なくなった自分を若は、あいつ等はどう思ってんだろうな』とか、そんな取り留めのない事。だが二度目に下山した時にはそういった疑問はすっきりと頭の中から消えていた。


 登山に関しても最初と二度目は身体的なしんどさにしか意識が向かなかったが、三度目は精神的に自分を捉えて離さないモノに意識が向き代わっていた。一歩一歩、地面を踏みしめて山頂へと足を進めるたび、低い場所へ自分が残してきた執着を手放していくような、そんな感覚があった。


 そうして迎えた三度目の富士山頂到達。左馬之助の顔つきは誰から見ても明らかに変わっていた。


「ふむ、いい面構えに代わりましたな。サバ殿」

「ああ、和尚のおかげで自分がどんだけ迷ってたかよーく分かったぜ」

「なるほど。ではどれ位変わったのか見せていただきましょう。長久、相手を」

「はっ」


 夕暮れ時を前にした奥宮の建物前。槍に見立てた木の棒を構えて左馬之助と田井長久が向かい合う。田子和尚は感情の読めない穏やかな笑みを浮かべて静かに佇んでいた。


「いくぞ!! だりゃあああああ!!! 」


 先に仕掛けたのは左馬之助だった。獣が獲物を仕留めに懸かるような勢いで長久に襲い掛かる!

 だが長久は涼しい顔でそれを躱す。第二、第三の突きが繰り出されるが、それも長久の動きを捕らえることは無かった。


「サバ殿、そのように殺気をむき出しにすれば手の内・胸の内を敵に晒すようなもの。もっと心を平静に保つのです」


 長久からアドバイスを受けて一度、深呼吸をして平静を取り戻す。落ち着いて長久の構えを観察するが何処にも隙が感じられない。まるで大木を前にしているかのようだ。


「ぐぅ……」

「冷静を取り戻しましたな。ではこちらから行きますぞ!! 」


 そう告げると今度は長久からの突きが飛んでくる。何も気配が無い所から急に攻撃が繰り出されたかのような感じに、左馬之助は驚きつつも何とか反応して躱す。だが紙一重でギリギリ回避できているような状況だ。


「もっと落ち着いて感覚を研ぎ澄ませるのです。今のサバ殿ならば出来るはずです」


 長久の言葉にもう一度息を深く吸い込み、槍先に意識を集中させる。すると突きが繰り出される一瞬前に空気が動くのを感知できるようになった。それを積み重ねるうち、先程よりも余裕をもって回避に移れるのが分かる。


「……そこだ! 」


 何度目かの回避の後、攻撃が飛んでくる方向を完全に読んだ左馬之助は反撃に転じる。繰り出した突きは長久の攻撃を弾き返し、木の棒がカランと音を立てて地面に落ちる音が響き渡った。


「そこまでじゃ! よく平静を取り戻しましたな」

「……ああ、いい修行になったぜ」


 和尚が両手を胸の前に頭を下げるのに合わせ、左馬之助も自然と頭を下げる。


「これからどうするか、決まりましたかな?」

「ああ、霧が晴れたような気分だ。お前さんもありがとな、タイ坊主」


 今度は長久と向き合ってお互いに頭を下げた左馬之助は、晴れ晴れとした顔で言った。



「俺は、俺自身の剣を高めるために旅に出るぜ」


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お読みいただいてありがとうございます。

宜しければ感想など戴けますと嬉しいです。

合間に左馬之助編もやっていきたいので、

これから左馬之助と戦わせてみたい相手なども募集してますので、応援コメントにて是非♪

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