第30話 お前が一番元気そうで何よりだよッ!!!

雪辱準備編、このお話でラストとなります。

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永禄7年(1564年)2月。


 北条家への新年挨拶と決意表明(?)を終えて東駿河に戻った俺は他の家臣と共に日々、稽古に励んでいた。

 木刀と棒(槍・薙刀の代わり)での素振りと模擬戦に加え、具足と同じ重さの木の板を全身に身に付けての砂浜ダッシュ。夜は北条氏康から貰った村正での素振りとイメージトレーニング。


 曳馬城での戦いの時のように、咄嗟に身体が思うように動かずどうしても倒したい相手に届かない、なんて事にだけはもう二度となりたくない。

俺を突き動かしているのはただその一心だった。


 ちなみに多羅尾が声を掛けて回ってくれた事で訓練に参加してくれる連中は増え、100人を超えている。他の領主(特に蒲原あたり)に気付かれて警戒されないように20人ずつ日にちを分けてやっているが希望者はどんどん増えている。

 その誰からも父親と間違えられてイジられるって多羅尾は困ってたけど。まあ、誰でもそう思うわな。


「このひと月で見違えるように動きが良くなりましたな、殿」


 多羅尾は褒めてくれるがまだ足りないと自分では思う。サバやマグロみたいに戦だけに身を置く者、それから越後の浜で共に戦わせてもらった時の輝虎さまの凄まじい太刀筋に比べたら全然届かない。道はまだ長い。


「それはそうと、甲斐に行っている雪菜より知らせがありました。

 『信玄公、甲府にて会える算段あり』と。

 甲斐へ向かわれますか?」

「ああ、そろそろ良い頃なんだろうな」


 月も変わって新年祝賀も終わり、甲斐・信濃中から集まった武将達も甲府から自分の領地へ撤退したタイミングだ。

 軍監から「武田諸将の前で話をするよりも、まずは信玄一人と相談してみた方が良い」と助言を受けて、タイミングを伺ってたんだ。その軍監はまだ小田原で戦支度をしなくてはいけないとかで先月から戻ってきてないけど……まぁ、いつもの事か。


 翌日、荷駄を引く人夫に化けて数人のみで甲斐へ向かう。以前なら護衛が必要だったが力試しも兼ねてだ。実際、山賊なんかが襲ってきたが村正を抜くまでも無かった。


 甲府に辿り着くと荷駄を引いて荷物を運んできた者達はそのまま御用商人の元へ向かわせ、一人で聞いていた場所へ向かう。

 教えてもらった場所は甲府の外れ、足軽頭以下が住むような足軽長屋と呼ばれる長屋の一番隅で、大名が居るような場所とは思えない。本当にこんな所に居るんだろうか?


そう思いながらガラガラと引き戸を開けると……



 そこには悪鬼か鬼瓦のような形相の悪魔が美しい天女の肢体を絡め取るように巻き付いていた。



……じゃなくって、女人姿の輝虎に膝枕してもらっている信玄がこちらに顔を向けていた。



「おう、寿四郎! 元気そうで何よりだな! 」





俺は全力で引き戸をピシャリと閉めた。



 えええーなんだよそれ!? いつの間にだよ!?

 てか二人の立場上場所を選ぶのは分かるけれどもこんな所で公然イチャラブとかっ!!

 お前が一番元気そうで何よりだよッ!!!


「まあ、入れ」


信玄にそう言われて一呼吸してから入りなおす。


「先程は状況を確認せず失礼いたしました」

「おう、お前なら構わん構わん」


 構わんと言われたものの、この入り直す一呼吸の間に信玄は起き上がって居住まいを正すでもなく、膝枕継続中である。いや、あなたが構わなくても俺が構うんだけどソレ。


「じゅ、寿四郎どの、お元気そうで何よりです」


 頬を赤く染め横を向きながら輝虎が言う。いやむしろあなた達もお元気そうですね、別の意味で。

とは言えないよなー、さすがに。全力で言いたいけど!


 しっかしどういう展開でこうなったんだよ?対立しあっている男女が何かのきっかけでお互いの魅力に気付き恋が芽生える、なんて話は前世(現代)のラブコメでは有った。

でもここ戦国だよ?

しかも元々敵対大名同士だし、女子であるのは隠してる設定だよ?

どうすんのコレ?前代未聞じゃん!

なんて勝手に心配を繰り広げていると


「色々詮索を巡らせなくても良い。この事はお前を含め数人しか知らん」


と釘を刺された。はい、とりあえず黙っておればよいのですね、ボス。


「お主が駿河に戻り生きておったことは穴山の者より聞いておった。ようやく、心身共に無事戻ってきたという事だな」


 『穴山の者』というとレンタル移籍中だったアナゴさん、こと穴山小五郎か。あの人も乱戦の中なんとか甲斐に逃げ延びれたのだな、良かった。


「はい、お陰様で。本日は今後についてご相談申し上げたく」

「そうだな……じゃあ今夜、ここより南西にある中野城に来るがいい」


 それ以上はこの時間は邪魔するなという事だろう、俺もさすがに話しづらいと思ってたからそれでいい。



 そしてその夜、俺は山の上にある中野城を訪れた。

 この城は鎌倉時代に甲斐源氏の支流・秋山家の築いた城で今は武田家重臣・秋山信友所有の支城になっているらしい。篝火が焚かれ、日が落ちているにもかかわらず槍を振るい稽古している声が外から聞こえる。


 城の使用人に案内された部屋に着くと中には信玄の他にもう一人、先客がいた。

 だいぶ疲れた表情をしており、やつれているが見覚えがある。あの曳馬城攻めで総大将をしていた、ノブこと朝比奈信置。


「寿四郎!? 生きていたのか?」


 こちらに気付くとノブは亡霊でも見たかのように驚き、その後すかさず土下座に近い形で頭を下げた。


「あの戦では……そなたに申し訳ない事をした。すまぬ!! 本当にすまぬ!! 」


 肩の震えから、本心から悔いて謝っていることが分かる。

 判るのだけど……簡単に許すとはこちらも気持ち的には言えない。


「ノブさん……とりあえず頭を上げましょう。今日はそういう話に来たわけではないので」


 務めて冷静に、感情が入らないようにそう告げると彼はおずおずと顔を上げる。間近で見るその顔には大きなクマができており顔色は死人のような土気色をしている。

 さすがに……この状態の男を罵倒する気にはなれないな。


「二人に来てもらったのは他でもない、今後の今川の事よ」


 信玄が場を改めるようにそう言い放つと、俺達も離れて信玄を挟んだ下座の左右に座り直す。


「この男はワシに降る代わりに氏真の助命を嘆願してきおった。遠江・駿河を三河の小倅に獲られ主君も腹を斬らされるぐらいならばいっそ武田の軍門に降る方が、と。寿四郎はどう思う?」


 そう言って俺の顔を無遠慮に睨みつける。

 確かにそれが最善策なのかもしれない。ノブの言う事も頭では理解できる。


 だけど。


「俺は、小原鎮実を排除して氏真を今の状況から救い出し、その旗印の元に今川の忠臣を集結させ松平を排除するべきと考えます! 」


 ノブがその言葉に大きく目を見開く。信玄はニヤリと笑う。


「ほう、貴様は相変わらず面白い男よ! 我が武田の助力など不要と申すか!? 我ら武田の考えに敵対するつもりがある、と!? 」


 信玄は立ち上がって刀を抜き、切先を俺に突き付けながら怒鳴る! とんでもないプレッシャーだ。実際のところ経験はないけど、山中で熊に出くわした時のような威圧感。対応を間違えたら即死亡間違いない、っていう恐怖。


 でも、俺は此処で怖気づいて前言撤回するわけにはいかない。どうせ一度は死んだ身だ。此処で斬られても大差ない!


「武田には南下して攻める用意があると見せかけていただきたきたく! さすれば小原も松平も、今川家臣も蛇に睨まれたように動けなくなります。俺がその隙に、一気にカタを付けます!!! 」


 数秒、時間にしたら数秒なのだろうが俺にとっては永遠とも思える沈黙の時間が流れた。その間に死んだな、俺?とも考えた。


 だが次の瞬間、信玄は高らかに笑い出し、刀を鞘に納めた。

 まさかそこから抜刀で首を撥ねるとか、ないよな?


「さすが寿四郎!! よう言ったモンじゃ!!

 若い頃のワシならそのような戯言、甘すぎると首をへし折っておったやったところじゃわ!

 だがな、お前さんと出会ってからワシも変わってしまったようじゃ。いや……歳かのぅ。おぬしら若い者の言う戯言・奇麗事の類を信じてみたくなったのじゃ」


 そして自分の椅子の傍らにある箱から紙の束を取り出すと目の前にぶちまけた。


「曳馬での敗戦の後『今川はもう終わりじゃからワシに降らんか』と今川の者に調略を掛けておったのだが、殆どは首を縦には振らなんだ。それを見た穴山の者が『氏真は助命するが当主からは外す。これからは若き今川の者らが駿河・遠江を合議にて治めるならば武田はそれに力を貸す』という書状を提案して送ったところな、これだけの色良い返事を貰えたというワケじゃ」


 俺とノブで一通一通に目を通す。

 朝比奈家を除く御三家の二つ、瀬名家と関口家の物もあればこれまでに今川の重臣だった家の物もある。これだけの人達が今まで通りの平和な駿河・遠江の存続に、俺達に期待をかけてくれているのだと思うと目頭が熱くなる。


「大仕事じゃぞ寿四郎、気張れよ!! 」


 そう言って信玄に肩をバシバシと叩かれた。

 信頼してくれるのは嬉しいけどさ、力強過ぎて痛いのよ、毎度。


 こうして武田・北条の後ろ盾も得られることになったし挙兵の準備は整った。あとは桶狭間以降のあれやこれやでおかしくなった駿河と遠江を元の形に戻す! その為に戦うだけだ!

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