第18話 「くっ殺せ」ってオーク扱いはないわー

前回までのあら寿司

 寿四(寿司)を通じて甲斐の武田・小田原の北条と親しくなった浜寿四郎。

昨年小田原に行ったときに「関東での上杉攻めが終わったら寿四持って来いよ」と言われていたがついにその時がやって来た。山を飛び谷を越え魚と寿司酢を山奥まで持ち込んだ寿四郎たち。さて、どうなる!?

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 俺達の住んでる東駿河から伊豆の山中を抜けて小田原へ、そこからさらに北上する事25里(約100キロ)先の北武蔵、松山城へ。

 船が苦手なサバに配慮して陸路を選んだため、伊豆箱根の山越えがそこそこ厳しい道のりだったのもあり、俺達が松山城を囲む北条軍の陣に到着したのは月が変わって2月に差し掛かる頃だった。


 5万の軍勢というのを見るのは初めてだが圧巻の光景というしかない。


 今回は城を囲む包囲戦なので5万人全員が野営しているわけではなく、それぞれの武将ごとに陣幕を張ってそこから交代で包囲する兵を出している様子なのだが、もはやその陣幕の数が多すぎてまるでテント村のような様相だ。


 前世で行った事は無かったがフ〇ロックとかよりも凄いんじゃないだろうか。


 その中でも北条家の本陣は何やら早馬が行ったり来たりしていて慌ただしい。立派な装備の一団が陣幕を抜け、包囲の裏手側に駆けていくのを何度も目にする。


「せっかくお越しいただいたのですが今はたて込んでおりまして。父も兄もここには居らんのでしばしお待ちくだされ」


 そう言って頭を下げるのは氏政の弟、大石氏照。

 威圧感満載のあの氏康の息子にしては随分腰が低い。いや氏政もか。

 一代で勢力拡大したワンマン社長(大名)の息子ともなると逆に委縮してこうなっちまうモンなのかな。


 待ってる間に魚が傷まないか心配したが、寒い時期なのもあって箱の中の雪もまだ半分以上解けていない。


「ホントはなぁ、このぐらいの状態で食ってもらうのが一番美味いんだけど。あんまり待たされて腐っちまう様ならその前に刺身にして食ってもらうか」


 予定に無かったのに大量の魚を捌くためにと付いてきた魚兵衛兄が嘆く。

 そりゃ生産者としてはせっかくの食材を無駄にされたくないもんな。流石に戦の戦況よりも大事とは言えないけど。


 結果、2日間待たされてようやく開城された城に入ると早速、飯炊き人夫達がバタバタと走り回る城の勝手場(キッチン)の一角に案内される。


「よっしゃあ!!腕が鳴るぜ!! 」


 嬉々とした表情で持ってきた魚を次々と捌き始める魚兵衛兄。

 その横で俺たちは寿司桶(自作して持ってきた)に炊きたての米を入れ、寿司酢を混ぜて酢飯をひたすら作る。


「なんで心躍る戦場まで来てこのような事を……」

「ブツクサ言ってねえで働け!! これも仕事だろうが!! 」


 しゃもじを手に嘆くマグロをサバが叱咤しながら大団扇で扇ぐ。俺の方は混ざり切った酢飯を俵状のシャリにしていく作業を応援の数人に教えながら急ピッチで進めていた。数十、数百人分の祝い膳作りともなればそれもさながら戦場だ。


「あのぉ、寿四郎殿……ちょっとよろしいか?」


 そんな忙しい場に恐縮しながら現れたのは氏照。

 この人はいつもこうなんかな?

 応援の人員にシャリ作りは任せて指示に従い出来上がった寿司2人前だけを持って勝手場を離れる。


 通されたのは城の奥の誰も通らなそうな突き当りの間。


「おぉ寿四郎殿。実はな……」


 障子戸の前には氏政がしゃがんでいて小声でひそひそと話す。


「先刻、救援に駆け付けた上杉方の武将数名を捕らえたのじゃが……

 父上と信玄公が『この部屋には誰も入れず、この事も誰にも話すな』と言って一人の武者をこの部屋に連れてきたきり、戻らんのじゃ。

 どうしたら良いものかとほとほと困り果てておりましての」


 それで俺を呼んだわけか。って、なんでそこで俺なんだよ?


「父上、寿四郎殿が待望の寿司を持って馳せ参じましたぞー」


 っておいおーい、そこで俺をダシに使って様子伺おうってのかい!! 君、言われたよね?誰も入れるなって??待てが効かないワンコかよ!?


 少しの間のあと「入ってもらえ! 」と信玄の声がする。

 いやこれ、どの面下げて入りゃいいんだ……


「し、失礼します。寿司お持ちしましたー」

「おう、来たか! 」


 部屋の中には甲冑を付けたままの氏康と信玄がいる。そしてその向かいには両腕を後ろで縛られ、しゃがみ込んだ体勢の白い羽織の女性が一人、俯いている。


 え!何コレ、インモラルな事でもしてたんかい!!?


 いくら見方によっては鬼畜侵略者とはいえ、こういうプレイが好みとは流石に見損なっちゃうわーないわーマジ引くわーとか思っていると


「コイツがワシらの長年戦っておった越後の龍、上杉輝虎じゃ!!

 さすがに甲冑剝ぎ取るまでまさかオナゴだとは思わなんだ、ワシらもどうしたもんかと……」

「くッ、殺せッ!!! 貴様らの様な者に蹂躙されるぐらいなら、この場で舌を嚙み千切って死んでくれるわ!! 」


 上杉輝虎(謙信)だという女性はよく見るとこの世のものとは思えないほどの美人なのだが、異世界だったらオークに捕らえられた女騎士にありがちな誤解に満ちた発言をしてくる。


……こりゃ、扱いに困るのも仕方ない。


「貴様!! この北条氏康、そのような所業で武士を辱めるなど下衆な真似をするつもりはない!! 侮るでないぞッ小娘!! 」


 氏康が静かだが語気を強めて怒りの表情で凄む。当たり前だわな、その気も無いのにオーク扱いされた日にはブチ切れるわ。

 俺なら間違いなく「いい度胸だ、やれるもんならやるがいいぞ娘ぇグヘヘヘヘッ」ってオーク的行動に走るけど。そこは天下の北条の大社長だからそういう事はしないんだろう。


「黙れっ!! 関東を脅かし全てを我が物にせんとする侵略者め!! 貴様に虐げられた者がこの関東にどれほどいる事か!! 」


 輝虎も負けじと言い返す。うーん……俺目線からしたら北条は関東を平和的に統治してるように感じるんだが元関東管領含め、良くは思わない敵も多いわけで……

 それが上杉が越後から来る理由になってる、って事で理解合ってるんだろうか。


 こと戦において『どちらが悪い』という話は落としどころが何処にもない。

 それはどちらにも言い分があり、正義があるからだ。結局勝った側の言い分が通り、それが正義という話で終わるしか根本的な解決はない……のだろうか???

 上杉と北条、この二者の主張に関してはまさにそういう事なんだろうな。

 そりゃあ結論が出なくて時間がかかるのも頷ける。


と、その時。


「お前、四の五の言わずにコレを食ってみろ!! 俺に出されたものだ。毒は入ってない」


と言って信玄が輝虎の口に無理やり寿司を含ませた!

 輝虎は必死で抵抗しようとするが、口を掌で押さえられては口の中のモノは吐き出すことは出来ないだろう。口を塞がれ、強制的にものを食べさせられる美女……

 うーん、絵的にエロい。


「こ、これは何という……」

「これはそこの駿河者が作った寿司というものでな。駿河の魚、武蔵の米、甲斐の葡萄が合わさって生まれたモンじゃ。こうして新たなモノが出会って価値が生まれれば新たな豊かさも生まれる。

 輝虎、そなたの住む越後は美味い米と駿河では獲れん魚も獲れると聞く。我らが手を取り合えばまた違う価値が生まれるとは思わんか?」

「信玄殿、そのような説得では……」


 なぁソレ、俺の言ったやつ丸パクリじゃね?……と言いたかったが信玄は気にせず氏康に向き直って言う。


「氏康殿、ワシは以前に川中島でこの者と刀を合わせた時、思ったのです。

 この者は頼られると断れんだけで戦など望んでおらぬのではないか、と。『関東を取り戻す』などと掲げているのも、上杉憲政とそれを担ぎ上げて利を得たいと企む輩ばかりで、そやつらに踊らされているのでは、と」


 上杉輝虎は寿司を咀嚼しながら神妙な面持ちで信玄の言う事を聞いている。

 北条氏康は顎に手を当て、何かを思案している。


「『知恵を絞って皆が出せる力を出し合っていく事で今までは無かった所に豊かさを見出していける事もある』じゃったかの。

 この者、寿四郎が現れてそのような青臭い事を言いながらも、我が甲斐で獲れる物に新たな価値をもたらしたのを目の当たりにした時ワシの中で明らかに何かが変わったのだ。

 これまでワシは、甲斐は米の獲れる平地も少ない貧しき山国なれば、富める地から力で奪うしか無いと思っておった。じゃがこの一年と少し、駿河・相模との商いで貧しき者にも笑顔が増えた。

 それがな、甲斐・武蔵・越後でも手を取り合えるのではないかと思うたのじゃ」


 北条氏康は目を閉じて「うんうん」と言わんばかりの顔をしている。

 そして信玄は輝虎に詰め寄ってこう言った。


「輝虎殿!そなたも我らと新たな豊かさを生み出すことの為に手を取り合ってはくれんだろうか!? 」


 近い近い近い!!羨ましいなコンチクショウ!!

 でも言ってる事は確かに良い事を言ってると思う。ほとんど俺の受け売りじゃないかと思うけど……


 それに対して輝虎は目線を下斜めに伏せながら呟く。


「しかし……私には……」



 その時!!

 天井から一つの影が降りてきて氏康の目の前に跪いた。


「大殿!! 越後で動きがありました故、火急の知らせでござる!! 」

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