第17話 『斬らねえ侍はただの穀潰しだ』って何の例えよ?
ここまでのあら寿司
初めての堺でこの時代の発泡スチロールに代わるモノ、ヘチマ樹脂を松脂で固めた箱を獲得! そしてこれから駿河に帰る所です。
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数日後、出来上がったヘチマ樹脂の詰まった箱を受け取り小田原に戻るための積み船に乗り込む。
ハゲネズミはあれから色々と転々としていたのか結局、堺に滞在している間は顔を合わせることは無かった。まあ、顔を合わせたいとも全く思わんのだけど。
軍監は何処へ行って何をしていたのか全く分からないが、帰りの船に職人風の十数人の集団を乗せて満足そうにしている。
「初めてご挨拶いたしやす! 頭領の
「かの者たちは小田原にて保護していただく所存です」
「方々は我が相模屋がしっかりお世話させていただきますので」
どんな話になってるのかは分からんが、全く事情は知らんので任せる事にする。帰りも行きと同じでかかる時間は半月間。
ようやく小田原に辿り着いた俺は行きと同じく、干からびた死体と化していた。
こういう時ってなんていうか、普通は男子と女子は逆なんじゃなかろうか……まあいいけど。
なんとか東駿河に辿り着くと4月も終わりで季節はもう初夏。いつもとは違う、もじもじした様子で小春が出迎えてくれる。
「だ、旦那様、お帰りなさいませ」
「ああ、出迎えご苦労である(旦那様なんて前は言ってたっけ?)」
「ご無事でのお帰り、大変嬉しく思っております」
……いや、こんなキャラだったかコイツ!?
急な豹変に戸惑っていると多羅尾が早速にネタバレ披露してくれる。
「殿!! 堺行きの船が出立してから判明した事なのですが、小春の腹には殿との子が出来ておるのです! いやぁめでたい!!」
……え?
俺に……子供???
まぁ、する事はしてたんだからいずれゆくゆくはそういう事にはなるんだろうとは思ってたけど……今かよ!??
前世でも経験した事の無かった初めてのシチュエーションに俺は大いに狼狽えた。
ええっと、こういう時なんて言えばいいんだ?
おめでとう? いや何か他人事っぽいな。
よくやった!! いや、それは生まれてからの台詞か。
俺の子なのか?? ……ってそれじゃ浮気でも疑ってるみたいだ。
あーもう、人生の一大事なのになんて言えばいいんだか分かんねぇ!! 言葉を失ってオロオロする俺を見かねたのか、小春がプッと噴き出した。
「あぁもう……そういう所は全然変わりませんね。父上になるのですからもっと、どっしりと構えてください」
そして自分のお腹に俺の掌を持っていき、こう言う。
「寿四郎さま。私、必ずや丈夫な子を立派に生んでみせます」
凛として、それでいて優しさを湛えた、覚悟を決めた瞳。
「ああ、頼んだぞ。小春」
俺もまっすぐに見つめ返してそう応えた。
そんなシーンに空気をわざと読まないでか、若芽が脇から腕を絡めて言う。
「その女には後れを取りましたがワタクシもどうやら殿の子が腹に宿ったみたいですの。間違いなく、殿の子ですわ」
……いやっおまっ!!! ここで!? その報告!!?
空気を台無しにされたせいか違う件か、小春の殺意に満ちた視線がジリジリと突き刺さるのを感じながら一言も発せなくなる。
なんだよこの修羅場……
永禄5年(1562年)11月。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁあー暇じゃーーー!! 」
マグロの声が館に響き渡る。
「駿河は桶狭間で今川義元公亡き後戦乱の地に戻ったと聞き、ならば拙者の活躍の場もあろうとわざわざ来たというのにっ!!全然戦に出る機会がないではないかーーーーー!!」
そう、今のところ俺たちに出番は、ないのだ。
三河偵察から戻った千秋の話では、三河と遠江では国衆も城持ちも『松平に付くか今川に戻るか』で態度が割れており情勢が混乱しているらしいが、俺達に出陣の沙汰は来ていない。
武蔵(現在の関東)偵察に行ってる鈴夏からの手紙では去年、上杉輝虎の小田原城攻めで上杉方に奪われた関東の城はことごとく北条親子の軍が取り返していってるようで、そちらもまだまだ戦いは続くが順調そうだ。
去年の分の葡萄酒を売った金のうち半分は米に変えて兵100名を雇い入れたので、マグロにはその訓練はお願いしているが、それくらいしかない。あとは今川に対して北条家・武田家から俺との取引願いが承諾されたから武田領に行く時の護衛ぐらい。
今年も葡萄酒は良い出来のモノができたし、ビネガーも上々だ。もっと量産できるようにしたいところだがまだ先の話だ。
それと、堺から持ち帰った例のヘチマ樹脂の箱だがそれも中々良い。
夏場、溶け残った地下の雪を詰めて炎天下の浜辺に置いてみたがただの木箱に詰めたものに比べたら雪が溶けきるまでの時間が約3倍くらいにまで伸びた。これは使える。
そしてつい先日、俺にもついに待望の息子が生まれた!
男の子か女の子かは俺としてはどうでも良くて母子共に無事で生まれてきてくれてよかった。「小春! よくやってくれた!! 」と声を掛けると「えへへ、嬉しい」と満面の笑みを浮かべる。
幸せって、まさにこういう事を言うんだな。
前世では30代まで独身だった俺が18歳でもう子供が生まれてるなんて……なんていうか、戦国の世も悪くないなって思えた瞬間だった。
生まれた息子には寿壱と名付けた。元気に育ってくれよ。
さらに年明けには若芽の出産も控えている。堺から帰った時の腹に子が居る発言は本当かと誰もが疑ったのだが本当だった。
小春も最初はその事を怒っている感じだったが『初めてのお産』という分からない事だらけで不安な状況を共有できることがプラスに働いたのか、いつの間にか俺を差し置いてメチャクチャ仲良しになっていた。
そんな感じで俺は平穏無事な毎日を幸せに暮らしていたのだがそうでもないと思っている奴もいるらしい。
「いやーもう、これじゃ役立たずの昼行燈とは拙者の事です!
『斬らねえ侍はタダの穀潰しだ』とでも言うのでしょうか」
なんだその『飛べない〇はただの〇だ』みたいな名言っぽいヤツ。
「まー気持ちは分からんでもないけどなー」
板の床に寝転がってボリボリと尻を掻きながらサバが応える。
「いや、平和ならそれに越したことは無いと思うんだが」
「若よぅ……今この辺だけはそうかもしれねえですけどね、世の中ってのは暴力、つまり武力でしか解決できねぇ状況ってのが必ずある。そういう時に出来る限り自分たちの望む結末に近付けたい。そのために俺らの役割ってのはあるんすよ」
「おおおっ!! さすがは左馬之助どの! この真黒の言いたい事を全て言葉にしていただけたっ!」
「へへっ、まあな」
寝転がって尻をボリボリ掻きながら言っても説得力ゼロだと思うんだが。
そうは思いながらもサバの今の言葉に妙に納得してしまった。そんな日々を過ごしていたある日の事だ。
永禄6年(1563年)1月も半ば。
武蔵に偵察に行っていた鈴夏が北条氏政からの書状を持ってきた。その内容を現代文的に要約すると
「自分らは現在5万の軍勢にて武蔵松山城を取り囲んでいてもうすぐ落城寸前だ。城を落とした暁には戦功のあった武将たちを呼んで盛大に祝勝会やんぞ。白米は炊くから寿司酢と魚持ってこいや! 大体50人前、なるはやで」という事だ。
アイツ、ちゃんと覚えてて楽しみにしてたんだな。じゃあ俺も心意気に応えてやらないといけないか。
取り急ぎ、魚兵衛兄に頼んで漁師を搔き集めて新鮮な魚を仕入れると例の新兵器、ヘチマと樹脂の保冷ボックスに雪と一緒に魚を詰め込む。
戦の最前線に赴くわけだからサバとマグロ、それから分家のシマジローとなけなしの兵50人を護衛につけて出発する。宴会の準備にしちゃあ物々しいが、これも重要な任務だ。俺達は武蔵の国へ向けて出発した。
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