第15話 アブない船旅と初めての堺
小田原から関船(積船、とも呼ばれるらしい)で伊豆半島、紀伊半島などをぐるりと周り、船に揺られること半月。
ようやく堺の港に着いた俺達一行。
だがもう既に俺と軍監はぐったりしていた。
「もう! ホントに男どもは何の役にも立ちゃしないんだから」
悪態を付きながら若芽は先に進んでいく。誰のせいだと思ってるんだ、この女は。
三月の海は穏やかで波の高い外海を避けて陸に近い所を通ってはいたのだけど、この時代の船はやはり揺れがひどく、軍監は堺行きを熱望して居たくせに1日もすると船酔いで
「相模屋どの……駿河の何処の浜辺でも構わんので降ろしていただけんか」
なんて青い顔をしながら言い出す始末だった。もちろん却下されていたが。
そんな軍監とは対照的に最年少の雪菜は
「あ!あの浜辺に城が見えるのはどこー?」
「嬢ちゃん、ありゃ小山城だな」
「じゃあじゃあ、その先に島みたいなのが突き出てるのは?」
「あれが駿河湾の出口、御前崎だ」
「頼む~そこで拙者を降ろして……」
「あ、この人は無視して大丈夫」
なんてはしゃぎながら船頭に海から見える景色をいちいち聞いていた。
一方、俺は相模屋がわざわざ気を利かせたのか、限られたスペースの船内で恐らく一つしかない賓客用の個室に若芽と二人で通された。
これは現代のフェリーで言うところの特別室ってやつだなぁとか考えて部屋を見回していると……
「海を見るしかやる事のない空間で男と女が二人だけ。ときたらヤる事なんて決まってるでしょ。逃がさないわよ」
と言われてあれよあれよと捕まり、文字通り骨の髄まで絞りつくされた。
そんなわけで俺と軍監はヘロヘロなのだ。だいぶ内容は違うけど。
「寿四郎どのも赤井殿もだいぶお疲れの様なので宿に先にご案内します。私は行きつけの商人に顔を出してきますので」
「それじゃあワタクシ達は早速、堺の街を散策してくるわ。
行きましょ、雪菜ちゃん」
「うん、てーさつだー」
女二人はそう言いながら楽しそうに人混みへと消えていった。あの、君は俺の護衛って名目で来てたんじゃなかったっけ?
その後相模屋の案内してくれた宿に辿り着くとまだ陽が高いにもかかわらず俺たちは泥のように眠った。
揺れない地面と湿気の無い布団がこんなに有難いものだと思わなかったわ。
「殿!! 殿!!! 起きてくだされ!!! 」
翌朝、早くに先に目覚めた軍監に叩き起こされる。何事かと思って眠い目をこすりながら起き上がると
「いや、こりゃあ……すげえや」
そこには高い城壁に囲まれた街の中に所狭しと家々の屋根が立ち並び、それらが朝陽を浴びて輝いているのが開け放った窓の外に広がっていた。
もう朝の早い丁稚は人気の少ない往来を走り回り、店の軒先に打ち水をする者や井戸の水を汲む者などの生活音で溢れている。
どの武家にも属さず銭の力で独立大名並みの自治を作り上げた街、堺。その姿はこの時代に飛ばされてからどの場所よりも魅力的に見えた。
「氏康様、氏政様も小田原をこのような街にしたいと口にしております」
景色に見とれているといつの間にか相模屋が斜め後ろで同じ方を見ていた。軍監も向き直ってこちらの方を見る。
「私ら商人も人を殺めるための武器や城を落とすための兵糧なんかじゃなく、皆の喜びや笑顔に繋がるような、そういうものを扱いたいという想いがあるのですよ。寿四郎どの、貴方様が持ってきてくれた商品のようなね」
「……そうだな。早く全国各地でこんな景色が見られたらいいな」
「殿と、殿が作り出そうと思っている物にはそれが可能であると、この赤井も思っておりまする。その為に粉骨砕身、働きますぞ」
その後は男三人で言葉もなく飽きもせず、動き始めた街を見ていた。
少し早い朝餉を食べ終わると、軍監と相模屋は何かの算段で奥の部屋へ消える。替わって、女子二人で別室に泊まっていたと思われる若芽と雪菜が来る。
「寿四郎さまぁゴメンねぇ?今日もちょっと行くトコあるんだー」
「あのさ、君は俺の護衛って事で付いてきたんだよね??」
「その事なら頼んだ人がもうすぐ来るから大丈夫よー♪
あ! 私ココに滞在してる間、伊呂波一座っていう芸人一座で踊り子やってるから!! 良かったら見に来てね! 」
そう言って一方的に話を終えて部屋を出ていこうとする。いやこっちは何の許可も出してないし怪しさ全開なんだが。
「大丈夫、私の胸の中に居るのはアナタだけよ♪」
出掛けにそんな事を耳元で囁かれたら咎める気も無くなるじゃないか。
あんな見た目でそんな事を言うなんて、卑怯だ。
「御免!! そなたが我が主となる浜 寿四郎どのでよろしいか!? 」
しばらくして部屋に入ってきたのは今度は見るからにイカつい大柄な男。イキナリ現れて主とか呼ばれる筋合いが全くないんだが。
「拙者は近江浪人、
え?マグロ??ナントカ流とか言われても凄いのかどうかさっぱり分からん。てか君なんで来たの?
「辻占いの歩き巫女に話を聞いてな。まさかこんな若いと思わなんだ! いやぁ失敬失敬! これから一つよろしくお願い申す!! 」
なるほど、若芽そんなトコでテキトーに強そうなのを騙して連れてきたのか。でも一人でいるか戦闘能力ゼロっぽい軍師と二人よりは良さそうだ。
5尺5寸(165cm)とこの時代では平均チョイ上の俺よりも断然デカくて6尺(180cm)ぐらいありそうなゴリマッチョだし。
そんなわけでゴリマッチョなマグロと、相模屋がガイドとして付けてくれた丁稚に案内してもらいながら堺の街を見て回る。軍監は売るモノの算段をしてさっさと行くところがあるとかで居なくなってしまったから仕方ない。
今回持ってきた物は魚兵衛兄のチョイスで黒アワビと真鯛だったが、黒アワビは木箱ごと海水に入れたままだったので鮮度も保ち、真鯛は昆布締めにして甲斐から取り寄せたらしい雪で保冷していたので両方鮮度の良い物は珍しく、かなり良い値段で売れたらしい。
やっぱり保冷出来るモノ見つけるのは急務だな。
南蛮渡来と言われていたものや珍しそうな物を数日間かけてひとしきり物色したがそれらしい物は見つからなかった。帰ろうかと思っていると
「あーーーーーー!! 旦那様ぁ! 来てくれないとか酷くないですか!? 」
旦那様という呼び方以外には聞き覚えのある声で振り向くと若芽だった。旅芸人一座での恰好か、巫女服のミニスカートバージョンみたいな服だ。
うん、なんか……どこぞの艦隊擬人化ゲームの戦艦姉妹みたいな服だな。着る奴も着る奴だからだろうか、エロい。
そんな事を思っていると若芽の脇についている雪菜に睨まれる。
そして、その後ろに若芽よりも背が低い小男がいるのに気付いた。5尺(150cm)にも足りないくらいか。
「やや! おみゃーさんが若潮さんがベタ惚れだっちゅうダンナ様で!? 」
小男は素早い動きで俺の周りにまとわりつき、ジロジロと観察する。なんというか貧相で禿げたネズミの様な男だ-。
「ええのう、羨ましいのぅ。こんなうら若い美人を好き放題だなんぞ。ワシだったらもう一生手を離したりせんがや」
「木下様、そういう事はご自分の奥様に言ってあげてくださいませ」
「そうだぞーこのうわきものー」
「あーそうじゃったそうじゃった! 目の前にいるモンの事しか頭に無くなるのはワシの悪い癖だで。
自己紹介が遅れたがワシは尾張の織田信長様の第一の家臣! 木下藤吉郎ってモンだがや。どうぞよろしゅうな!」
ハゲネズミはそう言ってシェイクハンドしてきた。
なるほど、コイツが後に豊臣秀吉を名乗る事になるハゲネズミか。確かに強烈なインパクトで周りに自分を売り込むプロだわ。
「木下様、見せてくれると申しておりました例の『凄いモノ』とやら我が主人にも見せていただいてよろしいですか?」
「ああー全然大丈夫じゃ! ホントは特別なんじゃが他でもない若潮ちゃんと雪ちゃんの頼みじゃ! 特別だでよ」
何の話をしているかよく分からないけれど、この木下藤吉郎という者が見せてくれる「凄いモノ」とやらを見に行く事になった。
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