第13話 陸がダメなら海を使えば良いではないか
「寿四郎殿の婚礼の祝い、駆け付けられず申し訳ない」
申し訳なさそうにタコ坊主とタイ坊主が頭を下げる。
永禄5年(1562年)1月。
昨年末に富士城が完成したことで坊主二人はウチを離れる事になった。
城主である富士氏は代々、富士浅間大社の大宮司なので、この一帯の寺社勢力は富士氏の元に付く事になっていたからだ。
「付く主は替われど、我らは寿四郎殿こそ必ずこの地に、いやこの地だけではなく、多くの民草に安寧をもたらすと信じております。甲斐での農民たちへの振る舞い、この田井は覚えてますぞ!! 」
タイ坊主がそう言ってがっちりと俺の両手を握る。
大袈裟すぎる気がするけど、そんな風に思ってもらえたなら心強いよ。
問題は山伏二人が離反せざるを得ない事だけではなかった。富士城が完成したことで、富士川沿いを通って甲府へ向かう街道の監視体制が強化されたのだ。
蹴鞠王子から警戒されている俺やウチの家臣ではもう、そこを通るのは不可能だろう。せっかくウチが生き延びるために甲斐との交易に活路を見出したのに、このままではそれも絶たれてしまう。一体どうしたら……
「殿! 陸がダメなら海でござる! 」
「……海?」
「左様。我が城の浜から西へ船を進めて
ウチの軍師は相変わらずとんでもない策を持ち出す。そんな事が可能なのか?
「興国寺城の城主とは既に話が付いておりまする」
タラちゃんが悪そうな笑みを浮かべて指で銭を示す円を作る。越後屋、そちもワルよのうって言いたくなるやつだ。
「甲斐にて手に入れた葡萄酒に葡萄・
「小田原城下にて名のある商人にはすでに手紙を送ってあります」
今度はタラちゃんと軍監が顔を見合わせて悪そうに頷く。こういう裏で暗躍する系の悪だくみ大好きだよね君たち。
「武田領の方は一緒に行けなかったからな。今度は俺が付いてくぜ! 」
去年は富士城の普請に駆り出されて甲斐に行きそびれたサバが名乗り出る。まぁ荷物運びにも用心棒にも役に立つと思うし連れてくか。
「それと関東の事も探りたいゆえ、小春を供に付けましょう。真冬は三河、千秋は遠江、鈴夏は甲斐、雪菜は駿府だ! 」
「はっ!! 」
タラちゃんが声を掛けると娘4人は音も立てずに姿を消す。小春に拷問された段階で薄々勘付いていたがもしかして……
「殿もワシの娘婿となったので明かしておきましょう。我が多羅尾家は先代の殿に拾っていただいた抜け忍の家。娘5人には殿のお役に立てるよう忍びとしての訓練を施してありまする」
「ってことは、多羅尾自身も忍びなのか?」
「ワシは忍びの一味を抜ける際、足を怪我して忍び仕事はもう出来ぬ身。ですが、家に入り込んだネズミの監視ぐらいはできまする」
「あらぁ? 側室として迎えていただいてるのに、大した言われようね」
若芽がぼやくが、確かに信玄から『何らかの密命』を受けている可能性はまだ拭える状況ではない。ここは監視しといてもらうか。
そんなわけで駿河今川の同盟国、甲斐に続いてもう一つの同盟国・相模に向けてまた新たに貿易で活路を見出すための旅に出る事になった。
相模国の中心地、小田原。興国寺城付近の海沿いから伊豆半島を横断して熱海湊からまた船で数時間。海沿いから巨大な小田原城に向かってずっと立ち並ぶ街並みに俺は圧倒されていた。
4年前に初めて辿り着いた駿府の街並みと同じくらいの賑わいで、海からの新鮮な魚介類や干物にしたもの、船で運ばれた珍しいものを売る人、またそれらを買おうと詰めかけた人たちでごった返している。
二度の船旅でサバは完全に船酔いで使い物にならない状況だが、治安もしっかりしている様子だしスリやごろつきの心配もなさそうだった。
最も、その程度の輩なら隣に居並ぶこの方が対応してくれそうだが。
「初めて訪れますが活気があって素晴らしい街ですわね。さすが天下の北条家のお膝元ですわ♪ さ、寿四郎さま♪ 早く参りましょう! 」
羽織袴とはいえ普段より鮮やかな色の着物で着飾った小春が言う。こうしているとはしゃいでる年頃の町娘にしか見えないんだけどな。
一方ゾンビサバは下を向いて左右に身体が揺れながら荷駄を運んでいる。さっきから一言も発してないケド……一応はまっすぐ進んでるから大丈夫か。
そうして30分も歩くと城にほど近い大きな店構えの店にたどり着いた。
「ようこそ相模屋へ。お話は伺っておりますゆえ、どうぞ奥に」
主人と思しき人物に招かれ、荷駄ごと中庭に面した客間に通される。廊下の広さや部屋数から察するにかなり大きな商家っぽい感じがする。
「それで、今回はどのようなお品物をお持ちですか?」
主人に問われてまずは葡萄酒の入った樽(桶に木でフタをしたもの)を開け、用意された銀製の杯に葡萄酒を次いで渡す。
「こっ!!? この芳醇な香りは!!! 」
一口含んだところでグルメ漫画の様な大袈裟な美辞麗句が並ぶ。宇宙に飛んでいく演出とか付きそうな勢いだ。それほど衝撃的だったのだろう。
「一年に一度しか作れないものなので、昨年分はこれだけだ」
「そんなにも貴重な物を扱わせていただくとは光栄でございます」
商人の主、相模屋助六は平伏し2樽全部で200貫を提示してきた。現代の額にして2000万円。米に換えるなら200人を賄える額だ。小売価格をどうするかは分からないが、これ以上の待遇はないだろう。
「他にももう一つ、こちらは量産化は先になるが価値を調べたい」
俺はそう言って葡萄酒の樽の上に積んだ蓋つきの桶を開けた。そこには出発前に詰めてきた甲斐の北側から取り寄せた雪と、その中心にはお重をイメージした木の器に入った寿司。
「これは……生の魚に米……それと上質の酢の香りですな」
恐る恐るという感じで眺めたり匂いを嗅いだりして躊躇している。だが口に入れた所でまた宇宙へ吹っ飛びそうな表情と言葉が並んだ。
そうだろう、現代に伝わってた寿司はそれぐらい美味いのだよ。
「こ、このような物がこの日ノ本に存在していたとは……」
「製法は開かせぬがこの小田原で手に入る上質な米と、新鮮な魚があれば再現することは可能だ」
そう、俺はこの寿司とは別にワイン酢を少量、別の入れ物に持ってきている。
作ってきたものを鮮度を保たせるのは難しいが、米と魚が現地調達できるなら新たに酢飯を作って寿司を作ることはできる。相模屋助六はそれを聞くと俺の肩をガシっと掴んで叫んだ。
「これを是非献上したき御方がいらっしゃいます!! 米と新鮮な魚は当家の包丁人に用意させますゆえ、明朝すぐに作っていただけますか!? 」
別に良いけど、アンタが叫んで口から飛ばした米粒が横顔掠めたのだけはマジで勘弁してほしい。まあ、それぐらい興奮してたって事か。
その後相模屋はあちこち丁稚を飛ばして色々と段取りを組み、俺たちは相当高そうな旅籠に部屋を取ってもらって一泊した。もしかするととんでもない大金持ちを紹介してくれるんだろうか?現代で言うところの100万円配っちゃうおじさん的なやつ。
そして翌朝、相模屋の調理場を借りて寿司を作り(と言っても炊いた米を酢飯にするトコは見られたくなかったので、酢飯を混ぜてシャリを俵にして刺身をのせる部分だけ)雪の解け残った保冷桶に入れて持って行った先は……
なんとまさかの天下の小田原城、それも天守閣だった。
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