第9話 いつの世でも寿司さえあれば
第1章、最終話。
この話からいよいよ寿司が物語に絡んできます。
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永禄3年(1560年)秋。
磯野家を倒した俺達、浜家の城の前にはこれまで見た事も無い量の米俵が積み上げられていた。
戦った時は牡丹餅たらふく作戦で動きを鈍らせてたとはいえ、この辺りで最大の武闘派勢力だった磯野家を瓦解させたことでウチと似たり寄ったりの20~30人規模の国衆はこぞってウチの傘下に入ったからだ。
この東駿河は今川・北条・武田の三国同盟が成立するまでは三つ巴で奪い合ってきた土地で、今川の領地として固まったのは数年前。
それなのに桶狭間で当主が討たれ今川家は大混乱、領主である
これでは自力で自分の家族や田畑を守れない農民たちは不安になるのも無理はない。もちろんウチだってひとたび軍が動けば数千人が攻めてくるわけだから、さすがにそんなのは相手にできるとも思えないけどな。
そんな感じで東駿河で米作りをしているほとんどの奴らが味方に付き、領主に納めるはずだった年貢米をウチに持ってきてくれるわけだからとんでもない量が集まったというワケだ。
盗まれると困るので砦に全部運び入れたら今度はウチの連中が生活できるスペースも全く無くなったぐらいだ。それでも城の前の米はまだ半分ぐらいある。
「どうしますか? 若」
「うーん、さすがにどうにもなー」
いいアイデアは浮かばないが集まった農民たちに尋ねてみる。
「お前たち、こんなに年貢を納めて自分たちの食う分は足りてるのか?」
「へ、へぇ……正直に言って良いならギリギリのところですだ」
聞けば年貢を納めると、自分たちは玄米に
これがこの時代の普通なのかもしれないけど、不作でもないのにそれじゃあ不作の時に耐えられないよね。
餓死者を出しながらも城に仕えてる奴らは年貢でコメを食ってるってのは現代人としてはソレ良くないと思うんだ。
「うん、どうせ入りきらないわけだから全員、年貢は半分で良いや。その分の米で次の年もしっかり働けるように皆がちゃんと食べてくれ!!」
俺がそう言うとタラちゃんや小春は目を丸くするが、周りからは歓声が上がる。
「それともう一つ! 今年も無事に収穫出来てみんな集まってるんだ。せっかくだから明日にでも米を盛大に炊いてここでお祝いをしよう!!」
いわゆる収穫祭というやつだ。先ほどよりさらに大きな歓声が上がる。
「じゃあ俺は、漁師組と魚獲りに行ってくらあ!!」
「サバ、ついでに兄上にも声を掛けておいてくれ。是非参加してもらいたい」
意気揚々と海へ向かう左馬之助一行にも伝える。
炊きたての米に新鮮な魚、とくればあとは……
「多羅尾、酢と砂糖はないか?」
「は、す??? す、とはなんでしょうか?」
タラちゃんが目を丸くする。しまった、この時代には酢は存在してないのか。
「酢とは米を醸した調味料ですな。古くから公家の料理には使われてきたと聞いておりますが、そのような貴重な品、あるわけがありませんぞ!! 砂糖も同じでございます」
軍監が説明してくれた。
確かにこの時代、米は食料として戦の必需品としても貴重品。そんなものをわざわざ調味料にするのは高貴な層だけだと言われたら納得するしかない。でもそうしたらせっかく食べられると思った寿司が……
「この状況が長引けば得られる年貢も莫大。それを売った金でこの手狭な城も大きくできましょうし、配下の兵も増やせましょう。そして豊作の年が来て、皆が豊かな年を迎える事が出来ればその時はそのような物を造るのも一つかと」
軍監がこれからの壮大なロードマップを語りだす。
確かにそれも一つなんだけどさぁ、俺は何年も先じゃなくて、今ココで寿司が食べたいんだよぅ><
何とか寿司酢か酢と砂糖をこの時代で手に入れる方法はないもんか。
それでも待望の寿司は食べられなかったとはいえ、収穫祭は大いに盛り上がった。炊きたての米に新鮮な海の幸、そして磯野砦に貯蔵してあった大量の酒。それらが豪勢に並んで盛り上がらない方が嘘ってものだ。
皆が笑いあって、とても良い表情をしている。やっぱりいつの世でも何処でも、美味しいものは皆を幸せにしてくれるよね。何より俺の隣で美味しそうに刺身と米を頬張る小春を見てると、幸せってこういう感じだよねって思っちゃうんだ……同じ顔が4つ並んでいるのは説明されてないから謎ではあるけど。
「オラ、このまま寿四郎さまがこの辺の領主になってくれたらいいと思うだ」
「そうじゃそうじゃ! それがええ!! そうじゃろう皆の衆」
声のデカい男が賛同を求めると大きな歓声が上がる。
「いやーそんな大それた事はいくら何でも……」
「殿!! 我々も同じように思っておりまする」
横を向くと普段はヘラヘラしてるタラちゃんがいつになく真面目な顔をしている。
軍監もサバも島次郎も小春も、兄の魚兵衛までこちらを見てうなづいている。
「こんなにも喜ぶ国衆たちの顔を見るのは初めてですぞ」と多羅尾。
「殿ならば皆が豊かに笑って暮らせる国造りが出来ましょう」と軍監。
「そのための兵を鍛えんなら俺がやってやっからよ!」これはサバ。
「年貢より皆が喜ぶ方をなんぞ、俺には到底考えもつかなかった事だ。やっぱお前の方が当主になって正解だったな」兄が静かに頷く。
皆が豊かに笑って暮らせる国造り、か。口の中で反芻しながら考える。
史実ではこの後まだ30年近くも戦国の世は続く。
それが豊臣秀吉によって天下平定されても、太閤検地だ刀狩りだといって農民は年貢を搾り取られて反抗する力も削がれたまま。
天下が徳川にバトンタッチしたところで幕藩体制になるだけで武士中心の世がその後300年も続く。
それを考えれば武士による統治なんて必要なく、皆で豊かに暮らせてる場所が1か所ぐらいあってもいいじゃないか。俺がこの時代でいつまでこうやって一介のリーダーをやっていけるのかは分かんないけど、それでも。
「よし! 決めた! 俺はやるぞ!!」
この土地を誰からの支配でもない、俺たち国衆で守り抜いて誰も貧しくない土地にする!!
そしてこの時代でも念願の寿司を食う!!!
まだ自信は無かったので国衆全体に宣言するのはやめておいたが、俺はそう心に決めて多羅尾達には俺の想いを話すことにした。
俺が覚悟を固めて話してからの多羅尾達の行動は早かった。
タラちゃんが必要以上分の米俵の売却先をあっという間にまとめてくると、軍監は入る金を計算して砦の拡充の手筈をトントン拍子で進める。魚兵衛兄は漁師で腕っぷしが強い連中をどんどん仲間に引き入れ、サバは傘下に入った国衆を回って自分たちで身の周りを守る意思のある若者を集め、週に何日か訓練を施していた。
結果として兵力は元々居た浜家、浦家の兵に加えて半漁半兵の漁師組、半農半兵の志願者も含めると300人程度の規模まで膨れ上がる。
「もういっそ俺らで蒲原城取れるんじゃね?城主も居ない今ならよー」
サバが尻をボリボリ搔きながら物騒な事を言う。いやいやいや!! 腐ってもまだ大国として国力が残ってる今川相手に300人程度じゃ奇襲で城は獲れてもあっという間に潰されちゃうよ!
ここは今川に逆らうつもりではなくて、あくまで今川傘下の自治領として俺たちのやり方を放任してくれれば良いだけだとサバを説得する。タラちゃんと軍監は難しい顔をしていたが今はそれが得策だと納得したので俺もその方針で行く事に決めた。
だが俺たちのそんな計画は、あっという間に潰されることになる。
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