第6話 『尾張はもう、終わりじゃ』って親父ギャグかい!
永禄3年(西暦1560年)5月12日。
この日も俺は朝目が覚めて身支度を整えると蹴鞠王子の部屋に向かった。
いつもなら俺達、近習衆(ノブ・ヤス・オカ・トミーそして俺)が部屋に着いてから大体30分ぐらいして王子は気怠そうに起きてくる。
それからその日その日で剣術だったり和歌だったりの指南役が来て稽古が始まる、とそんな毎日だ。だがその日はいつもとは違っていた。
「寿四郎! 遅い! さっさと並べ!! 」
俺が王子の部屋に入ると他の近習衆はおらず、いつもは寝起きの悪い王子がきちんとした格好で座っている。なんだこれ、コイツがこんなちゃんとしてるトコ初めて見るぞ気持ち悪い。
なぁこれ何のイベントです?と王子に尋ねようかと思っているとその時、お伴を連れた男が入ってきた。
平安貴族ルックに白塗りお歯黒。
間違いない。バカ殿改め蹴鞠父、今川義元だ。
義元は当たり前のように王子がいつも座っている高座に座りいつもは不遜な態度の王子が土下座の様な角度に頭を下げる。俺も同じように頭を下げた。
「氏真、文武どちらも抜かりなく精進しておるか?」
「はっ!!!父上のお言いつけ通り、励んでおりまする!」
殊勝な態度で王子が応える。嘘つけ、蹴鞠ばっかしてるくせに。
「うむうむ、ならば良し!」
「して父上、此度はどのような用向きで」
「出立の前にそちに挨拶をしておこうと思ってな」
そういうと義元は立ち上がり、自信満々という感じで言い放った!!
「これより我ら今川は4万の軍を率い、尾張を統一する!
敵は尾張織田
うわぁー来ちまったよ歴史的イベント!!まさかコレをリアルタイムで観る事になるとは思わなかった。
「我らの軍は4万、対して織田は3000程度と聞いておる!!
尾張はもう、終わりじゃ」
軍配を自分の首の所に持っていき、横に引き裂くようなジェスチャーで下らないオヤジギャグを飛ばす。
いや、首持ってかれんのアンタの方なんだけどさ……
「織田を滅ぼして尾張を平らげたのち、麻呂はそのまま都に入り帝と謁見してくるゆえ、しばらく留守にする。その間はそちが当主の役目ぞ、氏真!! 」
そのまま永遠に戻ってこないんだけどねー、史実だと。
「はっ!! この氏真、見事父上の名代、果たして見せまする! 」
「うむうむ!! その心意気天晴じゃ!! 安心して参ってくるわ♪」
バカ殿は上機嫌のまま立ち上がり、部屋を後にする。去り行く廊下からは「尾張はもう、終わりじゃ」とさっき言ってたしょーもないオヤジギャグが繰り返される。気に入ったのね、ソレw
「そうであった、浜殿には父君より手紙を預かっております」
去り際にお伴の一人から下手くそな字で「浜寿太郎」と書かれた手紙を受け取った。今更ながらウチの親父って寿太郎って名前なのか。寿太郎の4番目で寿四郎……安直だな。
午前の稽古ごとは中止になり、これから出立する今川軍の見送りに立つ。
基本的に今川館に集められているのは重臣ばかりで責任重大なハズだが、彼らの表情に緊張感は微塵も感じられない。どころか尾張征伐の後どんな名物を食うかとか誰が京にお伴に連れてってもらえるかの話などに講じている。
舐めプここに極まれりだ。
横の王子を見ても無事の帰還を願うどころか「あーさっさと庭に戻って蹴鞠してぇー」と顔に書いてある。
キミ、少しは今後の事を心配した方が良いよ……
そしてバカ殿の大袈裟な尾張侵攻宣言の後、今川館から続々と騎馬が出立していき、それが終わると散会となった。
今の様子を見てこの後の展開を予想できた奴ってこの時代にはいないんだろうな、多分。
一旦部屋に戻る時間を貰ったので自分の部屋に戻り、親父からの手紙の封を切る。表紙書きの下手くそな字と同じく、中身の文も下手くそな字で書かれていた。この時代は識字率が低いんだろうな、そこは仕方ない。
『寿四郎へ
久しくしておるが若君の元、ちゃんとお役に立ててるか?
今回の尾張征伐、ついに我が浜家にも出陣の機会が回ってきたので当家からはワシと寿一、浜次郎が主だった者らを連れ50名で馳せ参じる事となった。
征伐を終えて帰還するまで数か月かかるのでその間、寿四郎には一時的に暇を貰って留守役を務めて欲しい。基本的には何も起こらんと思うがこの乱世、何があるか分からん。
無事討伐を終え帰還した頃には当家の武名も今川内に轟き、家臣団ももっと増やせると思うので楽しみに待っておれ 寿太郎』
転生してこの館に向かう前の段階で言うには我が家の総人数が50くらい。ようは城をほぼ空にして出陣したから空き巣されんようによろしくねーって事だ。いやさすがにあまりにも無警戒過ぎん!?
それに長男・次男が一緒に行って俺が4番目って事は、3番目は残ってるはずだが何故そいつが留守役ではダメなのか?
とりあえず急な事だし自分だけで勝手に帰れるワケも無いので蹴鞠王子に相談に行く。
案の定というか選択肢一択というか、やはり裏庭で一人蹴鞠をしていた。
「ほう、そうか。ならば別に帰っても良いぞ」
「え、いや……よろしいのですか?」
何も引き留める感じもなくあっさりと了承されたので逆にビビる。
最近の王子は俺の持ち込んだ現代サッカーの技術を完全に習得していて一人で延々とリフティングを続けられるようになっていた。
ここまでくると俺含めこの館の中で蹴鞠の相手になる者は何処にもおらず半年前から京の都から呼び寄せた藤原流の師範に指導してもらっている。もはや蹴鞠の新たな技術の情報源としては要らんという事か。
「ではしばしの間、お暇をいただきます」
「ただし俺が呼んだら半日以内に来いよ?」
「は?」
「お前んトコの領地、せいぜい10里ぐらいしか離れてないよな。
なら馬で呼んだらすぐだろ?」
コイツ、人をア〇ゾン即日便かなんかだと勘違いしてないだろうか。
とりあえずは許可も出た事だし、2年ぶりに実家へ帰る事にする。と言ってもこの時代に飛ばされた初日に行っただけだから感慨みたいなものは何一つない。ただ馬なら半日と言われても徒歩で帰るので丸一日がかりだ。
途中に山道もあるが山賊の類に襲われることもなく、海岸線は漁師の船が遠くに見えてのどかな光景が広がる。ずっとこんなのが続けば良いんだがなぁ……
「若君!!お待ちしておりましたぞ!!! 」
夕方、砦の前に着くなり、髭面に満面の笑みで両手を広げて出迎えられる。
「あの若君がご立派になられて……この多羅尾、感激です!!! 」
そんなに立派になっただろうか?自分では全然分からないのだが
まあ確かに14歳から16歳の2年っていうと中2から高1ぐらいだから、外から見たら背が伸びたり結構立派に見えるのだろう。タラちゃんはなんも変わらんね。
その日はもう遅いし疲れているだろうからと食事と入浴の後すぐ休んで翌日、
タラちゃんからこの2年で変わったことなどを聞く。
俺が主君の嫡男、氏真の近習に選ばれたことで近隣の国衆の中での認知度は上がり、配下が50人から80人まで増えたらしい。
2年で勢力規模1、5倍は中々凄い?のか??
それとこの辺りの有力国衆、浦家に2番目の兄が婿入りしたのもあって浜家、浦家を合わせると周辺勢力では2番目になったのだとか。
「これで大殿や殿が尾張攻めで武功を挙げて帰ってきてくれればついに我らもこの東駿河で一番の国衆となりましょう! 待ち遠しいですな! 」
タラちゃんはホクホク顔でそう言うが、勢力規模何千人単位の城持ちが何人もいてその更に下、何十・何百人規模の小さなエリアで一番を取った程度ではそんなに喜べる気にはならない。
それよりも大敗する史実を知っている俺としては、武功などどうでもいいからさっさと無事で帰ってきて欲しいものだと思っていた。
今川義元という稀代の統治者を失ってから、このエリアは混乱に陥るのだから。
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ご観覧ありがとうございます。
是非とも面白い作品に仕上げていきたいと
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「尾張はもう、終わりじゃ」流行んないかなぁ
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