第3話 ファーストフード店のメニュー読み上げ反復練習かと思ったわ

転生?2日目。

昨日はワケもわからず変な事に巻き込まれて最悪な一日だと思っていたが、今日も同じくらい最悪な一日だった。



「若様、おはようございます。そろそろ出立のお仕度を。」


雀が鳴く頃、机に突っ伏して気絶している俺に小春が声を掛ける。

昨夜の拷問官っぷりが別人かと思うくらいだったので逆にぎょっとして飛び起きると、他にも数人の侍女と思しき女性が後ろに控えていて皆が俺が目を覚ますのを待っていたようだ。


なるほど、鬼畜の姿は人には悟られないようにって事か。


この女、俺(転生後の姿)と大差変わらない中学生女子ぐらいなのに凄い裏表をもってやがる。


「昨夜は遅くまでのご準備、お疲れの事と存じますがまずは身支度を」


言われるがままに差し出された正装っぽい羽織袴を身に付けさせられ、髪の毛も後ろに結い上げられる。その間も半分以上寝ぼけて意識の無いままだったけど、

馬に乗せられていつの間にか俺たち一行は城(というより砦?)を出発していた。


「いやぁ、天気に恵まれて良い出立日和でしたなぁ!殿!!」


飼い主に尻尾を千切れんばかりに振る犬のように小〇伸也似改め多羅尾たらお(父)が弾んだような声で言う。


なーにがお出かけ日和だよ、こちとらお前の娘のせいでほぼほぼ一睡も出来てない上に全身アザだらけだぞ、オイぃ!?

お前ん所の教育、どうなっとんじゃい!!


「浮かれる話ではないぞ、多羅尾よ!

 寿四郎が殿と若殿のお気に召して頂けねばこの話も無くなるかもしれんのだ!!

 寿四郎、殿への挨拶の準備はしておるな!? 」


仏頂面を変えずに馬を並べたオヤジが大声で怒鳴りつける。

本人にしてみれば馬の蹄音や風の音が五月蠅い分大声出してるだけで怒鳴ってるつもりじゃないかもだけど、そんなトーンで叫ばれたら徹夜明けの頭にガンガン響く。


あーもう、ちゃんとやるから怒鳴んなよ、ただでさえ頭痛いんだから。


「あーおほん、これなるは東駿河国衆、

 浜家が四男、浜 寿四郎にござりまする。

 本日は今川治部大輔じぶたいふ義元様にご拝謁賜り大変恐悦至極にございます。」


猛烈な眠気で脳はほぼ機能していないが条件反射で答える。

昨日の夜中にこのやり取りは何十回も復唱させられたからな。

ファーストフード店のメニュー読み上げ反復練習かと思ったわ。


「うむ、よかろう!では当家の成り立ちについても殿に説明できるな?」


模範解答の読み上げ成功に気を良くしたオヤジは次の質問を浴びせてくる。

その後はこの家の成り立ちから家族構成、駿河の情勢や今川家の事まで根掘り葉掘りちゃんと答えられるかの質問攻めに遭う事になる。


正直寝落ちして馬から転げ落ちないように意識を保つだけでこっちは精一杯なのだが、ほぼ脳死で昨日丸暗記させられた内容を順番に応えた。


昨日小春に聞いた(というか無理やり覚えさせられた)話では

俺のいる浜家は駿河でも東側、北条の領地と接するエリアを根城とする国衆の

有力家の一つらしい(オヤジはエリア1みたいな事言ってるけど)

今から90年前の応仁の乱で地域の代表者的なのも居なくなって混乱した時期に4代前の先祖が近隣住民に働きかけて槍を取り立ち上がったのがきっかけで、そこから自分達の住む地域はウチを中心とした武装集団で守るようにしたのが始まり。


それを今川家の下で行う約束をして今川家家臣の中のすごい下っ端に入れてもらって

今に至るのだそうだ。聞いた感じだと国衆とか地侍というより豪族とか海賊とか武装集団って感じしかしないのだけど。

腕っぷしで成り上がれる時代だからな、戦国って。


応仁の乱から140年ぐらい戦国時代が続いたって歴史で習ってるから今は大体、1550年代って事になるのか。

状況から察するに俺は異世界ではなく、そんな時代に飛ばされたらしい。タイムスリップだな。


んで、そのウチが所属する今川家は数年前まで領地の境界線を争ってた北の大国・甲斐の武田信玄と東の大国・相模の北条氏康と三国同盟を結び、領地経営と侵略の方向性を西に集中できるようになった事で余裕が生まれ、近々西の尾張に攻め込む予定で居るのだとか。


まぁそこで余裕の舐めプぶっこいて返り討ちに遭うのも知ってるけどな。

それが桶狭間の戦い。起こるのは西暦で1560年だったはず。


そんで急遽、当主にされるのが俺がこれから仕えるらしい今川氏真いまがわうじざね

父親である今川義元が『東国一の弓取り』と呼ばれるほどの大名なのに対して、戦や武術には全く興味は示さないらしい。

興味の大半は和歌と蹴鞠で習い事の時間の大半は蹴鞠なんだとか。


勝手に「蹴鞠王子」って呼んどくか、もちろん脳内でだけど。


あとはウチ(こっちのはま家の)の家族構成か。

元服した兄が3人と俺の4人兄弟、全員男子で数年後には長兄の寿太郎が当主の座を継ぐ予定だそう。まだ誰も会ってないんだが昨日は居なかったんかな。

その他、家臣と呼ばれるのは昨日居たおっさん達と住み込みの侍女(というか手伝いのオバちゃんみたいな感じかな)も含めて50人ほど。


転生前の現代社会でいうと従業員50人っていうとそこそこの会社だ。

有限会社ぐらいの感じだろうか。もちろんその上に中堅会社的な「城主」とか「有力武家」ってのが居て、その上となると社員規模3万人の一大企業『今川家』ってことになるんだが。


そんな大企業の御曹司に付き人程度とはいえ、下請けのそのまた下請けみたいなトコの小倅が「今日からここで働かせてくださいっ!!」って大丈夫なんだろうか?


何年も前に見たジ〇リ映画の、

転生して名を奪われて意地悪魔女の経営する風呂で働かされる幼女の話を思い出しちまったよ。なんだったっけな、アレ。


「寿四郎!! 殿は、義元様は大変気難しいお方じゃ! 

 ほんの少しのミスもお許し下さらんじゃろう!

 本当に大丈夫か!? 」


ひとしきりの質問と回答を何とか全問ほぼ正解でやり終えたところで親父が汗を拭いながら訪ねる。


俺からしたらこの親父も漁師か海賊の親分みたいな屈強の男で充分怖いのだが、そんな奴ですら不安で焦るぐらいおっかない大社長なんか、今川義元ってのは。

俺の脳裏に名前の一部を奪って奴隷にする意地悪魔女が再び浮かんだ。


『寿四郎っていうのかい?贅沢な名だねえ。


 今からお前の名前は寿司だ!!

 分かったら返事をするんだよ!! 寿司!!! 』


とか……ないよな。


「殿!! 大丈夫でございますとも!

 この多羅尾は若様が昨夜遅くまで義元公への謁見の為に

 ご挨拶を稽古しているのを聞き及んでおります。」


馬の手綱を握りながら横で歩くタラちゃんがフォローを入れる。

……ってか、聞こえてたんだったらお前の娘が「やり直し!!」だの

「寝るんじゃない!最初から!!」だの俺に怒鳴り散らしてたのも

バッチリ聞いてやがったんじゃねえか! 何なんだこの親子は。


「それなら大丈夫だとは思うが……

 寿四郎!! 殿への挨拶からやり直しじゃ」


タラちゃんのフォローも意味なく、質問攻めがまた最初から繰り返される。

そんなやり取りを結局何度も繰り返されながら目的地に着いたのは日もだいぶ陰った夕方前の事だった。


まあ、そのやり取り結局全部無駄になったんだけどね。

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