第2話 異世界転生?いいえただの生き地獄ですね
「待っておったぞ! 寿四郎!! 」
城というにはお粗末な砦風の建物の広間で俺を待っていたのは、知っている父親ではなかった。
なんていうかこう、自分の威厳以上に偉そうな態度を取る事で自分を偉く見せてる感じのセコいおっさんというか、なんか…田舎に居そうな町内会長とかそういう感じ?
広間に集まっていたのも全体的に漁師っぽい感じの人間が多くて村の集まりとか山賊団とかそんな感じに俺には見えた。
それよか何より俺の名前も全然違うし完全に人違いっぽいんですけど。
誰やねん寿四郎って!? 読み方は「じゅしろう」と呼んでいたがス〇ローじゃねえんだぞ!!
それに若だの殿だの城だの時代劇かっ!と叫びたかったが、よく分からない状況でよく分からない人々に囲まれているこの状況である。さすがに大人しくしていると
「殿! 若様はただ、海を見に領地の浜辺へ出ていただけでござりまする」
と〇手伸也ふうの爺(
「馬鹿モン! だったら何故どこに行ったか分からぬなどと屋敷中探すハメになっとんじゃ!! お主も把握しとらんかったじゃろがい! 」
偉そうなオヤジ(タラちゃん曰く俺の父上らしい)に怒られて頭をはたかれる。
いやオヤジよ……あんまり髪が薄い頭を叩くとさ、薄くなってる頭頂部の毛とか持ってかれるからマジでやめてあげて。
「まあよいわ。今日はワシが大殿の元で仰せつかってきた命を伝える!!
寿四郎!そちももう14じゃ! これから今川家をお支えする家臣団の一員として武士らしい振る舞いを身に付けねばならぬ!!
よって、これより
広間を取り囲む手下っぽい人たちから「おおおっ!!! 」って感じの歓声が上がる。
「いやぁ、氏真様の元に若を置いて戴けるとは当家の誉れですなぁ!! 」
「これで当家も安泰!! 今川家内でも一目置かれますな! 」
「それどころか先々、義元様から氏真様に代替わりした際には!?
当主の側仕えということでわが浜家も有力武家に!? 」
言われた本人の困惑とは別に手下さんたちはなんか嬉しそうだ。
うん、いやでも?ちょっと待て?
良く知らない場所だったがここでようやく聞いたことのあるワード。
今『今川家』って言ったよな?あと『義元』とか。
信長の〇望ぐらいしか知らん俺でも今川義元って名前ならさすがに分かる。
駿河・遠江(現在の静岡県)三河(現在の愛知県東部)を治めてそのままの勢いで尾張(愛知県西部)に攻め込んだら織田信長に返り討ちに遭って、今川家もそのまま滅亡するはずじゃなかったっけ?
「いや、あのー……滅亡することが決まってる所になんて自分は行きたくないのですけれど…… 」
多分蚊の泣くような声しか出ていなかったと思うが、それでも勇気を振り絞ってそう言うと広間は一瞬シンと静まり返りそして……
「ガハハハハハッ!! 若は何の冗談を申される!!!
天下の我が今川家ですぞ!!それが滅ぼされるなどあるわけがない! 」
「左様左様! 次に滅ぶとしたら尾張の織田のうつけあたりに違いない! 」
「この日の本で最も天下に近いと言われる今川義元公を戦で打ち破れる軍勢など何処に居りましょうか!! 本当に若は冗談がお上手!! 」
「そうなのですよ! 今日は浜辺でも私を知らぬなど冗談を言って……今日はどうも冗談が冴え渡っておりますな!! 」
広間はおっさん達の大爆笑の渦に包まれた!!
いや……いい歳して日本人なら誰でも知ってると思われる【
何なんだ、このおっさん達は?
「とにかく若、これは栄誉な事ですので断るなど許されませぬ。」
「そういうことじゃ、出立は翌朝じゃからな。今日のうちに準備をしておけ!」
ひとしきりの笑いが収まった後、その一言で場は宴会へと変わる。
さすがは海の近くだからか、新鮮な魚が姿造りで大皿で運ばれてくる。
そして酒と思われる樽がどーーーん、と。それで終わり。ここに飛ばされる前の身体ならそれも良かったのだが、14歳の身体では酒が飲めないので米が無いと魚だけなのは辛い。
こんな美味くて種類が豊富な魚があるのに、寿司はないのかよ><
その後、俺の父親を名乗ったオヤジは留守の間の決め事があるとかで別の部屋に入り、俺は自分の部屋に戻るように言い渡された。え、でも俺の部屋って何処だよ……
「若!急な支度となると色々大変でしょうから手伝いに我が娘を付けましょう。
小春! 若の出立の支度をお手伝いして差し上げろ! 」
オヤジと同じ部屋に入っていく間際にタラちゃんがフォローに入ってくれる。ナイスすぎるわ、サンキュータラちゃん!!
んで肝心の小春と呼ばれた女子は何処だ?
「承知しました。若様、ではこちらへ」
真後ろから声がして滅茶苦茶ビビッて振り返るとそこには色白な美少女が立っていた。可愛い……あの小手〇也風のおっさんの娘とはとても思えない。
「えっ、き、君いつから居たの!?」
「先程からずっとおりましたよ」
表情一つ変えずにしれっとした顔で少女は言う。透けるような白い肌に黒髪を肩口で切り揃え、旅館の仲居さんみたいな服を着た少女は背を向けてそのまま砦らしき建物の奥の方へと進んでいく。
そんなに広くは無さそうだがよく分からない建物だし、遅れないようにと多少急ぎ足であとを追いかけた。
「ええっと、俺の部屋って何処に……いや、何処だったっけなぁ?」
「?」
「若の部屋でしたらそちらの奥から二番目でしょう?」
「そうだったそうだった!たまに間違えるからねぇ、確かめただけさ。」
つい口が滑って俺の部屋がどこか尋ねそうになる。
あっぶねーーーー!!! さすがに自分の部屋知らないのは怪しいもんな。上手くごまかせて良かった!そう思ってここだと言われた部屋の障子戸を開け放つと…
「貴様!若のフリをして何を企んでいる!?」
背後を取られ、先程のやり取りがウソのような冷たく低い声で耳元で呟かれる。
首筋にヒヤリとする感触の何かが押し付けられ、それが刃物であるという事に気付いて危機感を感じるのに数秒かかった。
「ひいいいいいいっ」
「静かにしろ! こちらも屋敷を血で汚したくはない。黙って全部白状するなら殺しはしないでおいてやる。だが!! 」
小声だが確かに殺気が含まれた口調と共に首筋に当てられた腕に力が入る。おそらく皮一枚分ぐらいだが切られた部分にひりつくような痛みが走る。
「わかった! 分かりましたからっ!! 」
「だから大声出すんじゃないと言っているだろう?手短に答えろ。ウチの若なんぞに化けて何のつもりだ?」
何のつもりか!? なんてこっちが聞きたいぐらいだ。このシチュエーションはさすがに後輩女子社員が話してた異世界転生ではありえないんじゃなかろうか。
ドキドキワクワクのファンタジー大冒険どころか、意味不明な状況のまま別の意味でドキドキのスリルしか味わえてねーんだが!!
ともあれ下手な嘘をついたら本当に喉笛搔っ切られそうだし「転生してきましたー♪」なんて正直に言っても信じては貰え無さそう
(そもそも俺自身でさえこの状況信じられるわけがないし)
なので気が付いたら浜辺にこの身体で倒れていた事、それ以前の記憶は別の誰かだったはずだがほとんど覚えていないという事にして説明してみることにした。
「はぁ!?別の人間から乗り移っただと!?そんな馬鹿な話信じられるか!! 」
首筋に当てられた刃物は食い込まないように加減しながら背中の辺りに鋭い膝蹴りを入れられる。
痛い! めっちゃ痛いよ小春さん!! 大人だから泣かないけど子供なら泣いてるぐらい悶絶する痛さだ。
あ、今の身体は中学生ぐらいだから泣いても良いのか、やらんけど。
その後は蹴飛ばされて畳に転がされ、通路に繋がる障子戸は閉められて刃物を押し当てられながら「本当の事を言え!!」と迫られ、説明を繰り返すと「信じられるか!」と殴られ蹴られるという、まさに昔の刑事ドラマの取り調べを再現してるみたいな地獄だった。
何より怖いのは顔とか目立つところには一切傷は付けられなくて、そんな徹底した仕打ちを仕掛けてるのがベテランぽい尋問官でもヤ〇ザでもなくどう見ても中学生くらいの女の子だというところ。
こえぇよマジで、アンタ何者だよ小春さん。
「しかし確かに【魂を移し替える】とか妙な術が使えるなんていう婆さん、昔どっかで出くわしたことがあったな……おい貴様、本当に若の身体なんだな?変装とかではなくて。」
何度目かの「信じられるかっ!!」からのバイオレンスの後、思い出したように呟いて顔やら鼻やらを掴んで引っ張り出す小春さん。
だから違うって言ってるでしょうが耳とか引っ張るの普通に止めて!!
その後こちらが抵抗できる意思ゼロなのを良い事に腕やら足やら胴体やらまで引っ張ったり捻ったりを一通り試してみて(マジで腕とか外されるかと思った)
「これだけ試しても化けの皮を剥がせないとなるとしかし……貴様の言い分を信じてみるより他になさそうだ。」
と彼女は呟いた。
いや気付くまでにコレは明らかにやりすぎよね。
現代の警察でも誤認逮捕なら裁判沙汰だし、そういう経験はないけどマフィアにでも捕まったのかとおじさん思ったわ。
「しかし、そうとなれば貴様には当家の若として他の者にバレぬよう振舞ってもらわねばならぬな!! 」
「はひ?」
「朝まではまだたっぷり時間はある! 一夜漬けなのは不安だがウチの若としてどう振舞えば良いか叩き込むから全部覚えろ!! 」
拷問的取り調べからの一夜漬けで替え玉として仕込まれるとか……
いやいやいや切り替え早すぎだろアンタ!!
こっちは殴られ蹴られで身体がボロ雑巾状態なんで、無実が証明されたからには休ませて欲しいんだが。
なんて俺の心の叫びは言葉にできるはずもなく、その昔新入社員だった時に2泊3日の社員研修で『社訓』やら『社会人としてのマナー』やら『営業の心得』やらを全部丸暗記させられた地獄を思い出しながら、その日は一睡もできないままで朝を迎える事になった。
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