第3話 ギリギリを攻めたい、それが峠攻め

 ジャムおにぎり。チョコクリームおにぎり。

 これは辛いだろう。

 しかしあんこおにぎりと言えばおはぎがあるし、おこわやもち米なら甘いものでもいけるのでは?

 ああ、考え始めると止まらない。

 これが妄想クッキングの魅力なのだろう。

 おいしそうな組み合わせを探す人と、無理無理無理! と悲鳴をあげそうな組み合わせを探す人に分かれるのは、そこは徳の差な気がする。


「カロリー爆上げビスコッティは?」

「そうね。そっちのほうがよほど爆弾よね。サンドイッチとおにぎりはなんやかやなんとかなりそうって結論が私の中ではでかけているのだけど、それが入ると、どうやっても美味しくなる妄想ができなくなるのよ」


 そのハードルの上がり様は倍どころじゃない。

 味がどれとか考える余地もない。

 思うに、掛け合わせるにしても二種類が限度だと思う。

 あんことたらこだけならば、和菓子やパンで既に商品化しているものがあるようだし、甘みや塩分の調整で食べられるものにはなりそうだ。


「カロリー爆上げビスコッティが肝だと思うのですがね」

「やけに拘るわね。確かにあらゆる意味で肝だからこそ、扱いが難しいのよ」


 ノイバスティはサンドイッチやおにぎりを既に食べているはず。

 だから想像がついてしまって面白くないのだろうか。

 栄養補助食品も息子なら早々に買って渡しているのではないかと思うのだが。

 それで気に入っているのだろうか。


「カロリー爆上げビスコッティにもしょっぱ甘い味あります。ですから組み合わせとしては可能なはずでは」

「そう言われても」

「カロリー爆上げビスコッティを砕いておにぎりに混ぜます。パンで挟みます。どうですか?」

「却下。いやごめん、人の意見を頭ごなしに否定するのはいけないけど、私は作りたくないし、もちろん食べたくない」


 作ったら、残された時自分で食べねばならなくなるという業を私は背負いたくない。


「そうですか。ではカロリー爆上げビスコッティを砕いてパン生地に混ぜて焼きます。おにぎりを挟みます。どうですか?」

「いやごめん、パン生地からパン作るのは面倒くさい」


 ここだけは絶対に譲れない。面倒くさい上に美味しい想像ができないのに結局食べなければならないなんて、リスクしかない。


「残念です。私にとってはおいしいので、おいしくないと思われるのなら、調理方法を変えればいけるのではと思ったのですが。カロリー爆上げビスコッティ……」


 もはやカロリー爆上げビスコッティと言いたいだけに思えてきた。

 しかし、やけに食い下がる。

 おいしくないモナカを探すのに飽きて別の探求心が芽生えたのだろうか。


「そうね。私も好奇心はあるけれど、『好奇心は猫を殺す』という言葉があるのよ」

「どういう意味ですか? カロリー爆上げビスコッティは猫を殺すほど固いという意味ですか」

「好奇心が強すぎると命を落とすこともある、という先人のありがたい教えよ」

「なるほど。カロリー爆上げビスコッティ」


 やっぱり言いたいだけではないか。


「さすがに焼く工程は無理なので、作ってみたいと思ったのもあるのですが」

「……うん?」

「発酵はおそらくできると思いますよ」


 いやそれは聞いていないのだが。

 混乱するから疑問を増やさないでほしい。


「えっと、あの、どういうこと……?」

「専用の機械などなくとも、炊飯器や電子レンジでも可能だとクックパーティ先生が教えてくれました」


 微妙に答えになっていないのだが。

 レシピサイトで検索したのか。

 俗な日本語を使いこなすのみならず、応用までしている。

 確かに『クックパーティ』ならいろいろなパンの発酵の方法が載っているだろうが、そういう話ではなく。


「私の中で、っていうのは、論理、かな?」


 よくある言い回しとして『自分の考えでは』というのを『私の中で』と表現するけども。

 そっちでは――。


「物理です」


 Oh……


「ノイバスティ。あなたの体の中でパンを発酵できるの?」

「温度を一定に保てばいいのですよね。やってみたことはありませんが、理論上は可能です」


 温度調節が可能。

 それは生々しいやつか、機械的なそれなのか、どちらか。

 怖くて聞けないが、焼くのは無理と言っていたことに少しほっとする。

 続く言葉を失っている私にかまわず、ノイバスティは「こうして……」と言いながらお腹の蓋をかぱりと開けた。


「パンとおにぎりの具を組み合わせるのは可能なのですが、パン生地を作るには発酵が必要で、それなら材料を何かの容器に入れていただき――」

「いや、ちょ、えっ?! それ、サンドイッチのパンと……焼き鮭??」

「はい」


 焼き鮭とはあれだ。おにぎりの具だったと一目でわかる、いい感じにほぐされたあれだ。

 あれがパンに挟まれ、ノイバスティのお腹の中に鎮座している。


「なん……、え? それ、どこから?」

「以前、守にサンドイッチとおにぎりもらいました」

「以前って、どれくらい前?!」


 思わず尋ねると、ノイバスティは首を傾げた。


「けっこう前です。地球の時間の換算が難しいのではっきり何日前とはわかりませんが」


 地球の時間は暗くなって明るくなったら一日経ったって数えたら早いと教える言葉も出てこない。

 それが腐ってもいないということは、ノイバスティのお腹の中は四次元なのか。

 なんだかノイバスティを生物として見るのが難しくなってきた。

 辞書や本をデータのように読み込むし、食べ物は消化も吸収もされずにそのまま収納されているし。

 かといって本は返ってこない。

 シュレッダー機能付きのディープラーニング装置?

 四次元な箱を内蔵した近未来のロボットだと言われたほうが様々なことに納得できてしまう気がする。

 それは私の理解が足りていないことによる差別と偏見なのだろうが、動いて会話ができるから地球外であると勝手に思い込んでいただけというのもある。

 そんなことをぐるぐると考えているうちに、ふと気が付いた。


「え。あれ? ちょっと待って。既にお腹の中でサンドイッチと焼き鮭の組み合わせを試していたってことは――。しかも、あれ……?」


 スパゲッティ攻めの『ミートソース×たらこソース×温玉カルボナーラ』に、サンドイッチにおにぎり。

 心当たりがある。

 それから、『肉巻きおにぎり×オムライス×モナカ』、だったと思うが。

 モナカ。

 オムライス。

 これも心当たりがある。

 どれもノイバスティが摂取したと思われる食べ物ばかりだ。

 そういえば、オムライスを出した時に、勉強させていただきますとかなんとか言っていたような……。


「組み合わせ、無限にあります。ですからおいしい組み合わせをメモしていたのです」


 ノイバスティ?

 またノイバスティなの?

 慌てて発端となったSNSのアカウントをもう一度見る。


「『黒檀』……?」

「はい」


 返事した。

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