第3話 主人公は私ではないのだと思い出す
「ないと証明することは悪魔の証明と呼ばれ、おいしくないモナカがないと証明することはできませんでしたが、逆に言えばモナカはほぼおいしいという証明でもあると思います。コンビニ、スーパー、守がお小遣いで奮発してくれた和菓子屋のモナカ、あわせて十二種類のうち、おいしくないモナカは存在しませんでした。また、おいしさは主観であり、個人によりその評価は変わりますが、調査実施担当による判断とさせていただいています」
そんな調査結果を聞かされ、「あ、はい。星に持って帰って報告してあげてください」と返すと、ノイバスティは「ありがとうございます!」と頭を勢いよく下げた。
調査結果なんて他にいっぱいあったのではないかと思う。
だがノイバスティが「これで地球に来たことも無駄にはなりませんでした!」と胸を張って帰れるのならそれでいい。
そして、それがノイバスティとの最後の会話になった。
ノイバスティを拾い、家に連れて帰ってきたのは息子で、私ではない。
地球外生命体を押し入れに住まわせていたのは息子で、ノイバスティと息子の物語の主人公は、息子なのだ。
きっと私にはわからないいろんな事件もあったのだろう。それを通じた二人の心の交流があったのだろう。
私はその片鱗しか知らない。
親と息子は違う物語を生きているのだから。
だから、私はノイバスティとのお別れに立ち会うことはできなかった。
遠くから見守ることも。
今日旅立つとは聞いていたけれど、どこで宇宙船に乗るのかは聞いていなかった。
どこにでも持っていけるから、この辺りの地理に詳しい息子が「よし、あそこならバレずに飛び立てると思う!」と決めていたところがあるらしいのだが、ノイバスティはそれがどこかわからなかったからだ。
時間も特に決めていなかったそうで、それも息子とノイバスティのタイミングによる。
だから私は息子が帰ってきてからそわそわとその時を待ち構えていたのだけれど、うっかり夕食作りに集中していて、夕方「いってきまーす」と息子が出て行くのを、自然に「いってらっしゃーい」とちらりと振り返っただけで送り出してしまった。
あの時、片方の肩に引っ掛けていたリュックの中にノイバスティはいたのだろう。
うっかりしていた。あれほどサイズが変えられると聞いていたのに、息子がノイバスティを連れて外に出る時は明らかに何か隠している感があるだろうと思い込んでしまっていた。
だが私が気が付かなくても当然だ。息子はノイバスティの存在を家族にバレてはいけないと思い、こっそり外に連れ出すことに全力を注いでいたのだから。
結果として、二人の物語に水を差すようなことをしなくてよかったのだ。そう思おう。
ただ、あまりにあっけない別れすぎて、いまだにノイバスティがいるような気がしてしまう。
うっかり再放送のドラマを一緒に見ようと誘いに息子の部屋のドアを開けてしまい、ぽっかりと何もない畳の上に「あ……」と小さな呟きを漏らす。
お昼ご飯のスパゲティを二人分茹でてしまう。パスタソースだって、コスパのよい二人前のレトルトをたくさん買いだめしてあったのに、半分余らせてしまう。
仕方なく、弁当の添え物のように夕飯のサイドメニューとして息子とそれから夫にもミートソーススパゲティを強制的に分けておき、なんとか消化する日々が続き、何をやってるんだろうかとため息を吐く。
寂しい。
日中の一人に慣れていた時は何も思わなかったのに、二人から一人になると唐突に寂しさがやってくる。
慣れって怖い。
怖いよノイバスティ!
そう叫んでも「呼びましたか?」と階段をトントンと下りてくる足音は聞えてこない。
試験勉強をしている息子に夜食を持って行っても、声が聞こえることはない。
そうっと忍んで行っても、物音すらほとんどしない。
本当にノイバスティは帰ってしまったのだ。
そう理解しきるのに時間がかかってしまった。
それに比べて息子は、きちんとお別れを済ませたからか、翌日も変わらず「おはよう!」と快活な声で起きてきて、もりもりと朝ごはんを食べた。
その目が赤くなっていたのは、やはり泣いたからだろう。
でもそれは続くことなく、息子は明るく笑い、学校へと通った。
相変わらず友達の話も聞かせてくれるし、毎日が楽しそうだ。
ちなみに谷口くんはラベンダー事件の真相を知り、「……あっそ」とつれない反応だったという。
きっとそれ以外に言える言葉などなかったのだろう。
ノイバスティは去ったが、我が家に残していったものはたくさんある。
いや。最後の日にスライム状に戻ったのだろうノイバスティの片鱗だけは申し訳ないがぞうきんできゅっきゅと拭いて掃除させてもらったが。
息子の中にも、私の中にも、ノイバスティが残してくれたものはしっかりとある。
だから私は、それをしっかりと活かさなければと重い腰をあげた。
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